CES 2024:現地から見たテクノロジーの最前線

Vol.3SDV普及が伝統的OEMに危機をもたらす -前編-

  • 2024年2月
  • パートナー 嶋津 将樹

CES 2024:現地から見たテクノロジーの最前線

Vol.3SDV普及が伝統的OEMに危機をもたらす -前編-

  • 2024年2月
  • パートナー
    嶋津 将樹

 2016年にMercedesが提唱した「CASE」がもたらす潮流の中、自動車業界は100年に1度の大変革期と言われ、これまでよりもめまぐるしいスピードで変化している。そして、その先に自動車業界を変える新たな動きとして「SDV」が注目されている。本稿ではCES2024で目の当たりにした「SDV」の現在地と伝統的OEMに求められる変革について考察する。

 

 SDV普及への足音 

 CES2024では、SDV普及に向けた確かな前進の兆しは見えたものの、全体を通じて感じられたのは、その進行速度の鈍さであった。

 そもそも、SDVとはSoftware Defined Vehicleの略称で、ソフトウェアによって自動車の機能がアップデートされることを前提に設計・開発された車両のことである。これにより、車載ソフトウェアや通信機能を用いた外部連携サービスによって自動車の販売後も車の機能をアップデートが可能になることでユーザーに付加価値を提供することできるようになる。したがって、SDVの最終的なゴールは各企業によって様々だが、ソフトウェアの更新を通じて常に最新のUXや安全等の価値を顧客に届けることと定義することができる。 

 

 SDVという言葉が生まれてから、過去のCESではフォードによるヒトと車と街をつなげるクラウドプラットフォーム、LG社によるクラウドや自動運転、IoTといった技術を駆使して車での移動時も日常生活(運動、エンタメ鑑賞等)と変わらない機能を提供するモビリティ等といった人々の生活を変えるコンセプトが数多く紹介されてきた。

 

 では、SDVがCES2024でどのように歩みを進めたのか。

 筆者から見ると、伝統的OEMとそれを支えるサプライヤでは、同じSDVでもその捉え方が異なってみえた。両方の立場から、
CES2024の展示を見ていこう。 

 

 

 

伝統的OEMが提示するSDVによって実現する価値

 まずはOEMの展示を通じた印象は、市場投入までまだ一定の時間が掛かる。そして、SDVを通じて実現したい新たな価値提供が明確に定まっていないことも伺えた。
 

 今回Mercedes Benz(ドイツ) 、Hyundai(韓国)やHonda (日本)といった伝統的OEMに加え、Vinfast(ベトナム)やTogg(トルコ)といった新興OEM等多くの企業が新車・コンセプト車を出展していた。しかし、SDVやSDVによって実現する新たな価値を大きく打ち出しているものは少なかった。

 

 プレスカンファレンスを行ったHyundaiは、SDVに対する取組みについて一定言及をしながらも、実際の展示ではコンセプト技術の紹介のみにとどまり、具体的に実現する価値についての展示はなかった。

 

 そんな中、SDVによって実現する価値を訴求したOEMを2つ紹介させていただきたい。

 1つはSony Honda mobilityのAFEELAである。 SDVを通じて実現する付加価値に大きくイメージを抱かせる出展であった。AFEELAは「創造的なエンターテインメント空間としてのモビリティ」と謳われている。展示ブースに訪れる前は、エンタメを推すAFEELAに対し、エンタメが自動車の購入動機につながるものではないと筆者は懐疑的な見方をしていたが、実際に車内体験と説明を受けてその見方は見事に裏切られた。

 

 AFEELAの車室内は運転席・助手席側の前面にフルスクリーンのディスプレイと後部座席に2つのディスプレイ、そして360度全方位音響(CESではプロトタイプのため運転席のみ)が備えられている。それらを通じて乗員は車内で音楽やゲーム、カラオケまでを楽しむことができる。また、車室内や車外フロント部のメディアバーと呼ばれるディスプレイについてはテーマなどを選んで自分好みにカスタマイズができる。

 実際に体験してみると没入感があり、UXがよくできていた。ドライブ中や充電などの停車中も車内で暇を持て余すことなく過ごすことができ、乗車体験におけるUX向上が感じられる良い展示であった。

 

 もう1つは、Mercedes Benzである。MBUX Virtual assistantと呼ばれるAIを用いた車載音声アシスタントと、MBUX SOUND DRIVEと呼ばれるクルマの運転に合わせた音楽を発生させるサウンドドライブ機能を発表した。


 MBUX Virtual assistantは、まだコンセプト段階だが、生成AIと独自SWでドライバーとの対話やクラウドからの情報を基に学習し、常にアップデートされた情報でドライバーへのレコメンド等を行い、運転時のUX向上を実現するものである。 

 
 MBUX SOUND DRIVEは、車載センサーとSWを利用し、車の走りを音楽に変換し表現するサービスで車を使った楽曲制作や運転中に新たなスタイルの音楽を聴けるようになる。車の新しい使い方でもあり、運転時のUXを変えるものでもある。2024年半ば以降にOTAを通じて本機能に対応可能なシステムを搭載した車両で利用可能になるとのことで、SW更新を通じて車両販売後に新たな価値提供を試みた事例と言えるであろう。いずれもまだ実際に体験することはできないため、イメージが難しいが、これらはSDVによって実現した付加価値である。 

  

OEMとサプライヤの異なる温度差

 一方、サプライヤは、展示全体を通じて、SDVを強く訴求している展示が多かった。ここにOEMとサプライヤ間のSDVに向けた温度差を感じた。

 実際の展示を見ても、実用化されている技術、実用化に向けたプロトタイプといったところでSDVに向けた技術は既に利用可能もしくは実用化に近いものと感じている。

 

 具体例を2つ挙げよう。
 住友ゴムは、SENCING COREと呼ばれる、タイヤの回転数とその変化から空気圧の低下などタイヤの状態や路面状態を検知するソフトウェアを展示していた。収集したデータを活用した走行ルートのフィードバックやタイヤメンテナンスのアラートなどにより、より安全な移動の実現とOEMへのディーラー入庫をサポートするものであり、既に商用環境にて実装されている。OEMとの具体的なサービス提供はこれからであるが、こういったソフトは自動車の走行・安全におけるUX・機能向上の一例であり、SDVがもたらす新たな価値提供の好例となっていくのではないか。サプライヤの持つ技術やそのシーズからSDVへの発展を考えると、その具体性は増すものと考えられる。 

 

 2つ目はSONATUSのSonatus Software-Defined Component Solutionと呼ばれるデータ収集から分析、自動のECU(注)アップデートのサイクルを回すことでSDVの実現をサポートするソリューションである。自社のソリューションで車両のライフサイクル全体にわたって、機能・安全・UI/UXの継続的改善を実現できるといい、展示ブース全体でSDVをアピールしていた。本ソリューションは24年第1四半期より商用環境にて実装予定で、実用化に近い製品となっている。
 

注)Electronic Control Unit(自動車に搭載される電子制御ユニット)の略称 

 

 これらが、SDVの現在地である。この現在地から浸透への課題には何があるだろうか。後編では、その課題と伝統的OEMに求められる変革について論じていく。 

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