CES 2024:現地から見たテクノロジーの最前線

Vol.2デジタルヘルスの最前線:医療からウェルビーイングへ

  • 2024年2月
  • パートナー 堀場 詳二

CES 2024:現地から見たテクノロジーの最前線

Vol.2デジタルヘルスの最前線:医療からウェルビーイングへ

  • 2024年2月
  • パートナー
    堀場 詳二

 高水準の高齢化を維持する日本においては、不健康期間(平均寿命から健康寿命を引いた年数)の長さおよび医療費が喫緊の課題である。近年においてはそれらを軽減・解消すべく様々なデジタル技術が開発されている一方、それらの普及は軌道に乗っていないこともまた実態として認識すべき点である。CES2024における講演や展示から最新技術および方向性を把握したうえで、普及に向けた課題および今後の展望を探る。 

 

活気に満ちるデジタルヘルス

 デジタルヘルスをテーマとした展示は、昨年に引き続き活況であった。 

 メイン会場の1つであるLVCC Northエリアにおいて、昨年に引き続き最大の展示数を誇っていた。出展数は全体約4,000のうち445と約1割を占める。また、アワード数は56であり、昨年に引き続き最多。2位に1.5倍もの差をつけている。 

 

 展示内容の傾向として、リモート診療/治療を実現するプラットフォームや生活習慣病に効果のあるアプリ治療などの出展が多い印象で、その中でもAIを用いてサービスの範囲や精度をさらに高度化させるような動きが見られた。 

 

 ロレアル社の基調講演では、AI/AR/バイオテクノロジー/デジタルマーケティング/IoTなどの技術を組み合わせ、消費者に対して、よりパーソナライズされた製品やケアサービスを提供する「Beauty Genius」の発表があった。 

 これはまさにデジタルヘルスから派生したとでもいうべき「ウェルビーイング」への拡がりを示す一例である。AI等を活用し、従来の病気や怪我を改善する「治療」やその「予防」から、その一歩先にある、より健康的な生活を送る「幸福」を目的とした製品やサービスが多く登場している。 

 

ウェルビーイングへの拡がり 

 ウェルビーイングという視点で見ると、生体情報をはじめとしたデータを収集し、個々人の特徴・嗜好に合わせて最適化を行うもの、または従来は人が担っていたサービスを自動化・高度化するものが多かった。特に注目を集めていた「スリープテック」と「ビューティーテック」を紹介しておこう。 

 

 まずは、スリープテック。センサーやAIを活用してより睡眠の質を追求するものだ。 

 ベストイノベーションアワードを受賞した韓国の健康美容器具メーカーの10 Minds社による「Motion Sleep」をはじめとして、複数のスリープテック関連製品がイノベーションアワードを受賞しており、特に盛り上がりを見せていた。いずれの製品においてもセンサーやAIを活用して利用者の睡眠を可視化・改善させるという点で共通している。 

 

 Motion Sleep(スマートピロー)は、いびきを検知し、適切な頭の位置へと誘導するスマート枕である。付属のいびき検知器によっていびき音をインテリジェントに検出し、7つのエアバッグの動きにより、頭と背中の位置を動的に調整してくれる。 

 

 他にも、中国の高級マットレスメーカーDeRUCCI社のスマートマットレスは、AI センサーで位置/体温/心拍数/健康状態の微妙な変化を瞬時に追跡する。利用者が横たわって2分間で分析を行い、体圧や動き、位置に反応する 18 個のエアバッグで頭部、脊椎などをサポートしてくれる。 

 

 次に、ビューティーテック。画像認識やセンサーにより美を定量化するものである。 
受賞製品こそ多くないが、「生活・ヘルスケア・スマートホーム」カテゴリにて65製品が展示、その多くがAIを活用したものであった。 

 

 製品は大きく2つに大別される。 
 1つは今まで人の手で行っていた美容施術についてテクノロジーを利用して自動化・省力化する製品。 
 もう1つは画像認識やセンサーにより髪や肌等の状態を可視化・定量化し、個々人にとって最適な商品をレコメンデーションする製品である。 前者は消費者向けだが、後者は美容院やデパート等の商業向けをターゲットとしている。 

 

 Nimble社は、装置に手を差し込むだけで、自動でネイリングができる装置を提供する。爪の認識からネイリングまで自動で行われ、ネイルサロンに行かずに自宅でネイリングすることができる。 

 サムスン電子からスピンアウトした韓国スタートアップのLululab社は、AIを用いて肌分析を行い、個人の肌にあった化粧品のレコメンデーションを行う製品を提供している。 

 

進展を阻害するデータプライバシー問題 

 デジタルヘルスおよびウェルビーイングにおいて、AI活用をさらに推進させるためには、いかにデータを収集するかが肝要となる。 学習するべきデータ量が増えれば増えるほどAIが予測する内容の正確性は向上し、常に最新のデータを更新し続けることでより高品質なサービスの提供が可能となる。 

 

 一方で、データの利活用にあたり、データプライバシーの問題は、常についてまわる課題である。性悪説で考えれば、サービス提供企業が悪意をもって、個人のデバイスから収集した生体データを取得し、健康状況について第三者に開示することもできてしまう。とりわけ日本においては、生体データの利活用に関して抵抗感を感じる方の割合が諸外国より高く、生体データ利活用にむけた抵抗感の払拭に向けた対策もより必要となるだろう。 

 

 データプライバシーの問題を解決するためには、政府とサービス提供者や医師が協議を行い、データの匿名化や自身の生体情報の利用を選択できる仕組みを確立することが1つの解となりうる。また、遵守すべきガイドライン・規制の整備も急務となる。 

 

日常へ溶け込む製品・サービス 

 データプライバシー問題と共に無視できないのがデジタルリテラシーである。デジタルヘルスのメインターゲットである高齢者は、新たなデジタル技術・製品が現れるたびにその利用に苦慮することが多い。 

 今回展示されていた製品には、センシング技術をうまく利用して、デジタルツールの利用が苦手な方でも簡易にデータを取得できるコンセプトの製品が多かった。快適な睡眠を追求するマットレスや、人の健康状況を測定可能な鏡は、いずれも日常生活を送りながらにして、自然にデータを取得できる工夫を盛り込んだものである。 

 

 一般的に、人々は健康に対し費用をかけにくい傾向にある。自覚症状をもとに病気に気付くが、そうなるまでは投資しないのだ。 

 ただし、日常生活を送る過程で無理せずAIを活用したサービスを受けることができれば、利用者も増えるであろう。今後、高齢者などデジタルリテラシーが高くない方でも利用できる使い勝手の良い仕組みが、ヘルスケア領域におけるデジタル製品の普及の鍵となると考える。 

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