連載:CES2023を読み解く~テクノロジーの未来はそこにあるか?~

Vol.5コロナ・パンデミックにより加速するデジタルヘルス市場

  • 2023年5月
  • エグゼクティブパートナー 山口 星志

連載:CES2023を読み解く~テクノロジーの未来はそこにあるか?~

Vol.5コロナ・パンデミックにより加速するデジタルヘルス市場

  • 2023年5月
  • エグゼクティブパートナー
    山口 星志

拡大するデジタルヘルス市場。キーワードは“Healthcare to/at Home”

 

 2020年に始まったCovid-19のパンデミックの中、注目を集めたデジタルヘルス市場。大手調査会社IMARC社が2021年に実施した調査によると、デジタルヘルスのグローバル市場は、2021年時点2,890億米ドルから、CAGR 20%以上で成長し、2027年には8,810億米ドルにまで成長すると予想されている。まさにグローバルで急成長している分野だ。

 

 CES2023においてもデジタルヘルスは注目分野のひとつであった。優れたデザイン・技術に贈られるCES Innovation AwardではDigital Healthの分野から72個が選出されており、分野別で1位となっている。2位のVehicle Tech & Advanced Mobilityの44個に比べてもダントツの数字である。

 

 また、展示会場においても、メイン会場であるLVCC(Las Vegas Convention Center)のNorthホールで最大の展示面積を占めており、その注目度は高いと言える。

 

【CES Innovation Award 2023の数】

https://www.ces.tech/innovation-awards/honorees.aspx

 

 このように高い注目を集めるデジタルヘルスであるが、来場者は展示内容にどのような期待を抱いていたのか。そのキーワードに「Healthcare to/at Home(家から/家で医療サービスが受けられる)」がある。

 

 これまでは患者が病院に訪問し、医師の診断を受け、薬局で薬剤を受け取るというモデルであった。それが前述の「Healthcare to/at Home」というモデルへ遷移している。

 

 「Healthcare to/at Home」のコンセプト自体は新しいものではなく、日本国内でも90年代には遠隔診療という言葉が生まれていた。しかし、当時は通信インフラが整っておらず、技術的な基盤がないことから発展する素地がなかった。これが、大容量通信環境の整備と共にコロナ禍で規制緩和が大幅に進んだことで、実現に向けた土台が整いつつある。あとはこのコンセプトを実現するサービスの開発や実用化が待たれるといった状況だ。

 

 そのため、CESの来場者も「Healthcare to/at Home」を実現するサービスの展示を期待していただろう。そして、実際に展示者側もそのニーズをくみ取っていたように思う。前述のCES Innovation Awardの授賞数がそれを物語っている。

 

 ここからは、「Healthcare to/at Home」を構成する4つの要素であるリモート診療、アプリ治療、センシング、健康管理のそれぞれに対して、実際の展示内容を紹介しながら、現在地と展望を見ていきたい。

 

 

 

変革の一丁目一番地であるリモート診療

 

 まず注目したいのは、リモート診療を支援するソリューションである。患者を診察し、どのような治療方針とするかを判断することは医療行為の根幹である。

 

 通信インフラが整った現在の日本のような環境では、ビデオ通話等を活用すれば、すぐにでもリモート診療が実現できるようにも思われる。しかし、医師が診断を行うには、顔色や受け答え(問診)だけではなく、聴診器による呼吸音や心音、血圧計や体温計等による数値情報、場合によってはレントゲンや内視鏡による画像情報等を複合的に勘案し、治療方針を決定していくのである。そして、これらの情報はリモートでは確認できない。あるいは、できたとしてもデータの信頼性の低いことが大きな課題なのである。

 

 経済産業省が行った、医療・ヘルスケアにおけるデジタル活用等に関する調査においても、「バイタルデータ等を参考にしたいと考えているが、エビデンス・信頼性の改善が必要」と感じている医療従事者は多い。

 

 したがって、リモート診療を支える信頼性の高い機器の提供可否が、リモート診療普及の分水嶺となる。

 

 CESの出展でも、リモート診療を実現するソリューションを提供する企業は多かった。

 例えば米国の企業であるMedWand Solutions社が提供する「MedWand」は、体温計・聴診器・パルスオキシメーター等の複数機能を提供できる小型のデバイスだ。しかも米国の承認当局あるFDA(米国食品医薬品局)からの医療機器認証も得ている。

 また、Aevice Health社が提供する「The AeviceMD」は、コインサイズのウェアラブル聴診器であり、慢性的な呼吸器疾患の患者をモニタリング・診断することができる。

 

 リモート診療を支援するソリューションはCESでも既に実用化されているものが多く、いよいよ「Healthcare to/at Home」が実現される状況にあると言える。

 

 

医師から処方されるアプリDigital Therapeutics 

 

 次に注目したいのは、Digital Therapeutics(以下DTx )と言われる分野である。従来の治療法は、一部の例外を除き、医療機器等を使った外科的なアプローチと、医薬品を使った方法に限られていた。DTxはデジタルソリューション(主にアプリ)を使い、患者の行動変容を促すことで病気を治す新しい治療法である。医療機器・医薬品と同様に臨床試験等を実施し、治療効果を証明することで、規制当局より承認される”お墨付き”のデジタルソリューションである。

 

 2010年に米国のFDAで初めて承認されてから遅れること10年、日本でも2020年8月にCureApp社のソリューションが厚生労働省により承認され、近年注目されている分野である。

 

 2023年4月時点で、CureApp社の「CureApp SC ニコチン依存症治療アプリ及びCOチェッカー」、「CureApp HT 高血圧治療補助アプリ」、サスメド社の「サスメド Med CBT-i 不眠障害用アプリ」の3製品が厚生労働省から医療機器製造販売承認を得ている。

 

 CESの展示においてこの分野で存在感を放っていたのが韓国だ。韓国のブースではDTxのソリューションが多数展示されていた。クイズ形式で認知力を診断し治療カリキュラムを提供するHAII corp社の「alzguard」。言葉の流暢さを分析し、認知障害状態を測定するSEVENPOINTONE社の「AlzWIN」。その他にも患者(ユーザー)の使いやすさを追求したデジタルならではの強みを生かしたソリューションが多数展示されていた。

 

 米国では承認から10年経過していることもあり市場も成熟しつつある分野ではあるが、韓国のように最新のデジタル技術を活用して参入を図るプレイヤーも存在し、まだまだサービスが進化する余地は残されている。

 

 

生活の中に溶け込むセンシングデバイス

 

 3つめは、デジタルヘルスの中でもCESで多くの来場者がブースに押し寄せていたセンシングデバイスを紹介したい。「Healthcare to/at Home」のあるべき姿として、不調を感じてから医療従事者に相談するリアクティブの対応ではなく、日々の生活の中で健康状態をモニタリングすることで、プロアクティブに健康状態を把握し、医療機関と連携する仕組みが必要になる。

この、日々の生活の中でモニタリングするためにカギになるのが、センシングデバイスだ。

 

 

 CESの出展で注目したソリューションが2つある。1つはWithings社が提供する「U-Scan」である。このソリューションは、自宅のトイレにデバイスを設置することで日々尿の検査ができ、その情報から自身の健康状態を分析し、必要に応じて医療機関と連携する。内部のカートリッジを交換することで、女性の月経を把握することも可能である。

 

 もう1つは、Xandar Kardian社が提供する「XK300」と言われるレーダー技術を利用したモニタリングデバイスである。レーダーを使うことから、対象者はデバイスを装着する必要はない。例えば、ベッドの上にXK300を搭載した小型のデバイスを設置することで、レーダーが寝ている人の呼吸状況を把握し、呼吸器系疾患の検知が可能になる。当該デバイスは、米国当局であるFDAから医療機器認証を取得しており、レーダーが取得する情報の信頼性の証左になっている。

 

 デジタルヘルス分野において、生活者が意識せず生活の中に入り込めるセンシングデバイスは「Healthcare to/at Home」の実現において非常に重要な要素であり、その進展度は、今回のCESで最も驚きのあった分野である。この領域の技術進展は今後も注視していきたい。

 

 

他業界が参入する健康管理ソリューション

 

 最後に健康管理ソリューションを紹介したい。

 

 成長分野であるヘルスケアへの参入を狙う他業界の企業にとって、当局の審査・承認が不要な健康管理ソリューションは最初の一歩となり得る。しかし、健康管理単体での収益化は困難であり、キャッシュポイントを他に設計する必要がある。多くの企業がここに苦慮しているのだが、翻すと既に健康管理に親和性の高いキャッシュポイントを確保している企業にとっては、健康管理ソリューションは有効な集客・ロイヤルティ向上の手段となり得る。

 

 CESでもそのような企業の展示が目立った。機能性食品というキャッシュポイントを既に保有しているロッテ社が展示していた「CAZZLE」は、数個の質問に答えることで動物に例えた分類がされ、それに合わせた最適なサプリが提示さる。アプリから機能性食品の摂取までのスムーズな導線が整備されているのである。

 サントリー社の腸活アプリである「GutNote」は、腸の音を計測し評価する独自のAIで、一人ひとりに最適な腸活を提案するアプリだ。これも自社の機能性表示食品の購買につなげる入口となるだろう。

 

 

コロナ後も高まるデジタルヘルスへの期待

 改めて、CES2023では「Healthcare to/at Home」の実現に対する期待は大きく、実際の展示もその期待に応えるような製品・サービスが展示されていた。既にFDAで承認されているソリューションも多く、「Healthcare to/at Home」のコンセプトが実用化の段階にきていることを感じさせる。

 

 2023年5月5日、世界保健機関(WHO)は新型コロナウイルス感染症に関する「国際的な公衆衛生上の緊急事態」を終了すると表明、日本国内では同月8日に新型コロナウイルス感染症の感染症法上の取り扱いが2類相当から5類へと移行した。パンデミック期間の中で注目を浴びたデジタルヘルス領域であるが、その高い利便性からパンデミック後も日常に定着していくことは間違いない。デジタルヘルスは今後も進化し続ける。そしてその進化の先に、「Healthcare to/at Home」が当たり前の社会があるのだが、それは遠い未来ではないことを、今回のCESを通じて確信している。

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