連載:CES2023を読み解く~テクノロジーの未来はそこにあるか?~

Vol.2期待・幻滅の岐路に立つメタバース。CESを通じて見えた今後の展望

  • 2023年2月
  • ベイカレント・インスティテュート 加藤 秀樹

連載:CES2023を読み解く~テクノロジーの未来はそこにあるか?~

Vol.2期待・幻滅の岐路に立つメタバース。CESを通じて見えた今後の展望

  • 2023年2月
  • ベイカレント・インスティテュート
    加藤 秀樹

CES2023の目玉テーマ メタバース

 世界最大のテクノロジーの見本市であるCESにおいて、昨今あらゆる業界で注目されている「メタバース」は、当然目玉テーマのひとつであった。本稿では、CES2023におけるメタバースへの期待と展示内容から、メタバースの現在地と今後の展望を見ていくことにする。

 まずはCES2023におけるメタバースの位置づけから振り返ってみる。一言で言えば、本イベントにおけるメタバースは“VIP待遇”であった。このことは、講演内容や展示ブースの場所からもうかがえる。

 CESを主催しているCTA(Consumer Technology Association:全米民生技術協会)の基調講演では、毎年その年のキーテクノロジーが発表されるが、メタバースもそのひとつとして紹介された。加えて、DXを足元で起きている技術革新としたうえで、これから起こる技術革新の潮流は“自動化と仮想化”にあるとし、仮想化の話題としてもメタバースについて言及された。

 また、展示ブースも目を引く場所にあった。CES2023はラスベガス市街に点在する3つのエリア(さらに各エリアに複数の会場が存在)で開催されるのだが、その中でもメイン会場であるLVCC(Las Vegas Convention Center)のセントラルホールの中央入口を入ってすぐの場所に「Gaming | Metaverse | XR」とカテゴライズされた展示区画が用意されている。

 これらのことからも、CES2023におけるメタバースの注目度がいかに高かったかご理解いただけるだろう。

 

メタバースに来場者が寄せる2つの期待

 さて、注目を集めるメタバースであるが、ビジネスの観点で見ると期待と幻滅の岐路に立っていると言っていいだろう。

 「インターネット上に構築された3Dの仮想空間」として定義されることが多いメタバースは、当初、ゲーム・エンタメ業界を中心に市場としての輪郭を見せ始めた。それが、2021年のFacebook社の社名変更を皮切りに、ゲーム・エンタメを問わず、国内外多くの業界がメタバースへの参入を宣言。その世界市場規模は2021年で約4兆円、2030年には約80兆円まで拡大するとも言われている。日本でも2022年初頭から様々な企業がメタバースへの参入を発表したり、実際に空間を構築したりするなどの動きが増えている。

 一方で、多くの企業がPoCを進める中で、現時点の技術・コンセプトではゲーム・エンタメの枠から抜け出すことは難しいのではないか?という懐疑的な面も出てきている。メタバース上にプロモーションを主目的とした仮想店舗を出店する企業が多いが、その次の手がなかなか打てていないのが現状だ。

 また、サービスを提供する側の期待が先走ってしまっている感も否めない。日本でも「メタバース」を冠したサービスが数多くリリースされているが、各サービスをのぞいてみると実際には活況とは言い難い。この要因の一つとして、せっかくの3次元の仮想空間であるのに、利用者の多くはPC・スマホなどの2次元のデバイスからアクセスしており、没入感の高い体験を提供できていないという点がある。これまでも、VRをはじめとした仮想空間への没入感を高める技術は存在したが、一般には普及していないのが現状だ。

 上記の背景から、来場者のメタバースに対する期待は大きく2つあったと見られる。

・ゲーム・エンタメの枠を超えた新しいコンセプトの提示

・没入感などを向上させる先進技術の実用化状況

 今回のCESはこの2つの期待にどのように応えたのだろうか。

 

躍る基調講演 跳びきれぬ企業展示

まずは、「ゲーム・エンタメの枠を超えた新しいコンセプトの提示」から見ていきたい。総論としては、新しいコンセプトの提唱が試みられたものの、従前のコンセプトの言い換えであり、実際の展示を見てもゲーム・エンタメから抜け出せていない印象だった。

 出展企業達も様々な業界からの参入が相次ぐメタバースにおいて、ゲーム・エンタメ以外への活用可能性を多くの来場者が期待していたことは感じ取っていたようだ。前述のCTAの基調講演では“MoT(Metaverse of Things)”という新しいコンセプトが提唱された。これは、あらゆるモノがインターネットに繋がる“IoT(Internet of Things)”に準(なぞら)えて、人びとの周囲にある様々な機器やサービスがメタバースに繋がるというコンセプトである。

 インターネット上の仮想の世界という意味合いで使われてきたメタバースが、現実の世界と繋がるというのは、これまでのメタバースの捉え方からすると新たなコンセプトに見える。しかし、現実空間の環境を仮想空間上に再現する“デジタルツイン”というコンセプトの焼き直し感が否めない。(デジタルツインは米国工学教授のマイケル・グリーブス氏が2002年に広く提唱した概念である。)実際の展示でも、これまでデジタルツインの文脈で紹介されてきたようなソリューションが、メタバースに看板を付け替えて宣伝されている展示が散見された。振り返ってみれば、前述のとおりメタバースの展示区画が「Gaming | Metaverse | XR」にカテゴライズされた時点で、従来のゲーム・エンタメやデジタルツインの枠を超えるような展示には期待できなかったのかもしれない。

 

次なるブームの鍵を握る人間拡張技術

 もう1つの期待「没入感などを向上させる先進技術の実用化状況」にはどう応えたかみていこう。

 仮想空間への没入感を向上させる技術としてVRデバイスなどは従来から存在していたが、現状大きな課題を抱えている。ウェアラブルデバイスとして重すぎることである。現在、最も普及しているVRデバイスのひとつである「Oculus Quest」は、シリーズ最新機種(Quest2)でその重さ約500グラム。約570グラムあったQuest1より軽量化されてはいるものの、一般的なメガネやサングラスの重さが約30グラムであることを踏まえると、日常的使いにはまだほど遠いと言わざるをえない。このVRデバイスに関する最大の期待である小型化・軽量化に応える出展を見ることができた。

 それは中国のAnt Reality社が展示していた眼鏡型ウェアラブルデバイス「Mixed Waveguide AR Optics」である。その重さは約100グラムと他と一線を画す軽さで、しかもVRとAR両方に対応可能ないわゆるXRデバイスだ。普段はメガネ(と言っても度の入っていない“伊達メガネ”だが)として装着し、好きなタイミングでVRモードやARモードに切り替えることができる。このようなデバイスが普及すれば、ユーザーは好きなタイミングでよりシームレスに現実空間から仮想空間へ没入感を伴って“移動”することができるだろう。

 しかし、耐久性に不安があるためか、あまり実機に触れさせてもらえなかった。(スタッフが装着・操作をしてくれた。)また、バッテリー持続時間が3時間程度であることからも、まだプロトタイプの域を抜け出せていない印象だ。このようなデバイスの進化は期待されて久しいが、ブレイクスルーを予感させるような展示はなく、想定の範囲で開発が進んでいるといった印象だ。

 では、この先メタバースは期待に応えられず幻滅の道を進んでいくのか。もしかしすると、向こう数年間は辛酸をなめることになるかもしれない。しかし、悲観することはない。過去の革新的なテクノロジーを振り返ってみてほしい。AIもそうだが、社会的インパクトを持った技術の普及は必ずしも一筋縄ではいかず、何度かブームを経なければならないものもあるのだ(現在のAIは第3次ブームと言われている)。

 メタバースは、2000年代後半「セカンドライフ」を中心とした仮想空間ブームを第1次ブームとして、現在は第2次ブームにあるとの見方が多い。第2次ブームを技術面で牽引したのはネットワークインフラや3D空間を構築するゲームエンジンの進化だろう。そして次に訪れるかもしれない第3次ブームを牽引するのはXRやハプティクス(触覚技術)、BMI(ブレインマシンインターフェース)を始めとする“人間拡張技術”だと筆者は考える。

 人間拡張について詳しくは、拙筆「人の未来を創造する “Human Augmentation (人間拡張)”を参照いただきたいが、端的に言えば“人そのものをアップデートする技術群”だ。この技術群が実用化してくると、仮想世界と現実世界をシームレスに行き来できるようになる。

今回のCESでもその萌芽は見ることができた。これまで、仮想世界への没入感を向上させる技術は、前述のXRが主流であったが、ここにハプティクスが加わりつつある。視覚・聴覚に加えて触覚の面から没入感を高める試みだ。CESの「Gaming | Metaverse | XR」区画にもハプティクス関連の出展が複数存在した。

 いずれの製品も機能・価格の両面において、一般へ普及するには時間がかかりそうであるが、メタバースのさらなる進化に欠かせないピースとなるだろう。今後、XR技術が着実に進化し、加えて味覚・嗅覚などヒトのあらゆる感覚の面において仮想世界に没入させることができるようになれば、映画「マトリクス」の世界も夢ではない。伸びしろがある分、多くの可能性が秘められているのだ。

 メタバースが花開くにはまだ時間がかかるかもしれないが、引き続き、注視していくべきテーマであることには間違いないだろう。

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