連載:CES2023を読み解く~テクノロジーの未来はそこにあるか?~

Vol.3新興と伝統それぞれが知恵を寄せ合うサステナビリティビジネスの未来

  • 2023年4月
  • ベイカレント・インスティテュート 小峰 弘雅

連載:CES2023を読み解く~テクノロジーの未来はそこにあるか?~

Vol.3新興と伝統それぞれが知恵を寄せ合うサステナビリティビジネスの未来

  • 2023年4月
  • ベイカレント・インスティテュート
    小峰 弘雅

注目を集めるサステナビリティ キーワードは「地産地消」

 パンデミック後、初の例年規模開催となったCES2023。今回初めて、展示会のキャッチコピーが設定された。そのコピーは「BE IN IT」である。ラスベガスの街中や会場の至るところで「BE IN IT」という文字が提示されていた。直訳すれば「(その)中に入れ」という意味だが、『新たなテクノロジーの潮流に“飛び込み”、あらゆるグローバル課題を現実として“受け入れ”、自分事としてその解決に“関わり”、目指すべき未来に“身を委ねよう”』といった具合に様々な意味をまといながら、この言葉が会場に息づいていた。

 

 

 

 CESを主催するCTA(Consumer Technology Association:全米民生技術協会)が毎年発表するキーテクノロジーでは、メタバース、モビリティに次いで、サステナビリティが挙げられた。昨年のCTA基調講演でも注目トレンドに挙げられていることから、サステナビリティは、今後も注目を集める長期的な課題であることは間違いないだろう。

 特にその関心の高まりを強く感じたのは、会場の中で圧倒的な存在感を見せていた韓国勢の展示だ。

 Samsungは入口から大きな「Sustainability」の文字を掲示し、LGは「Sustainable Cycle」のフレーズの下に製品の開発から回収までの環境アクションを展示した。HD Hyundaiは「Ocean Transformation」を打ち出し、将来世代のための持続可能な成長に向け、海のパラダイムシフトを熱弁していた。あらゆる角度からサステナビリティにコミットしようとする韓国の国をあげた本気度が伝わってきた。

 韓国企業以外にも、様々な国の企業がサステナブルな社会を目指すアイデアを展示していた。自然環境や政策など各国の事情に合わせた様々なアイデアにあふれていたが、その中で1つの共通するキーワードを感じ取ることができた。

 そのキーワードとは、「地産地消」である。2020年以降、世界はコロナ禍や地政学的リスクなど地理的要因による社会影響が強く意識されるようになった。エネルギーや原材料等の輸入制限は直ちに人々の生活に打撃を与える恐れがある。こういった課題認識の強まりによって、改めて「地産地消」という概念が見直され、その意義を再認識されたということだろう。

 本稿では、「地産地消」の観点で印象深かった展示を紹介しながら、日本企業がサステナビリティビジネスへ取り組むにあたっての方向性について考えていきたい。

 来場者も含め多くの人がサステナビリティ領域に期待することは、持続可能な製品やソリューションの実用化だろう。これから紹介する企業達は、その期待を大きく超え、持続可能性を高める以上の価値を伴わせている。

 

付加価値の連鎖を生み出す 地産地消型への転換の成功事例

 革新的な製品を打ち出している新興企業を国内外から1社ずつ紹介したい。彼らは単にサプライチェーンを地産地消型に変えてサステナビリティ向上を図るだけでなく、関連産業の環境価値向上や、製品自身が抱えてきた課題の解決といった、付加価値の連鎖を生み出している。

 1社目は、ボタニカル(植物由来)シリカを開発・製造する国内企業LU-NAO(ルーナオ)だ。米のもみ殻を活用してシリカを製造するアイデアであるが、付加価値を連鎖させる巧みなビジネスモデルと製品は小さい展示ブースでも人目を引くものだった。

 酸化シリコンとも呼ばれるシリカは、歯磨き粉の研磨成分をはじめ化粧品・医薬品、食品の添加物などに用いられる。日本において、2019年時点でプラ由来の化粧品は総量16tと言われている。しかし、環境規制によってプラ由来が禁止されたため、現在はシリカなどを代替として生産することとなっている。しかし、このシリカは、中国産の鉱物から生産しており、原料が輸入依存となっている現状である。

 そこで思い至ったアイデアが、お米の生産過程で廃棄物となっているもみ殻を原料としたシリカの生産である。これであれば、中国に依存することなく、日本の地産地消を実現することができる。しかも、「食料安全保障の要」とも言える高い自給率(約100%)を誇るお米の生産と同時に生まれる原料であることから、極めて堅牢なサプライチェーンと成りうる。

 しかし、注目すべきはこれだけではない。もみ殻由来であれば、低炭素の化粧品を製造でき、脱炭素へ大きく貢献する。農家も廃棄物処理代がなくなる上、むしろ新たな収益が生まれる。さらに付け加えると、もみ殻由来のシリカは化粧品以外にも半導体の接着剤としても活用できるため、事業の更なるスケールの可能性も秘めている。

 2つ目は、太陽光発電EVを開発・製造するオランダ企業Lightyearである。太陽光発電とEV(電気自動車)はサステナビリティビジネスの中でも話題が多く、有象無象のプレイヤーが参入している領域だ。太陽光発電については展示全体を通して、発電単位の小型化が目立っていた。EV関連も多種多様な展示が並ぶ中、ひと際目立ったのが太陽光発電により従来の走行可能距離を圧倒的に伸ばせるEV「Lightyear 2」であった。

 この製品は、2つの意味で地産地消のコンセプトを体現している。「自給率の向上」と「消費と生産の一体化」である。

 前者はLU-NAOと同様、輸入依存からの脱却である。ガソリン価格や電気料金の高騰は、多くの人にとって頭を痛める出来事なはず。しかし、石油を輸入に頼っている日本では、手の施しようがない課題となってしまう。しかし、太陽光発電へのシフトを強めることでエネルギー自給率を向上できる。

 だが、さらに注目すべきは後者である。エネルギー消費と生産の一体化、すなわち太陽光による発電とEVによる消費の一体化である。これまで走行距離の短さが大きな課題だったEVだが、Lightyear 2はルーフ部などに設けた太陽光発電パネルから得られる電力を利用することで、1回の充電で800kmを走行可能としている。800kmということは、東京~広島間の距離を充電なしで走り抜けることができる。充電頻度は一般的なEVの3分の1程となり、CO2排出量にも貢献できる。EV社会の実現がそう遠くないことを予感させる一幕であった。

 

培った技術で世界に挑む 老舗パナソニックの革新的な挑戦

 一方、大企業の中で際立ったのは、100年の歴史を持つ伝統メーカーのパナソニックだ。同社が表明した、大企業ならではの新市場への挑戦を語らないわけにはいかない。

 パナソニックと言えば、誰もが知る家電メーカー。CES2023でも、シェイバーやトリマーなどのパーソナルケア製品をリサイクルする新プログラムを発表していた。しかし、これがここで取り上げたい挑戦ではない。その挑戦は、大衆の目に触れにくいところで初公開されていた。グリーン水素製造のキーデバイスである水電解装置だ。

 次世代エネルギーの一つとして注目されている水素の製造において、日本は世界に周回遅れをとっている。2030年以降、日本は豪州などから安価な水素を輸入せざるを得ないのが大方の見立てだ。そのような状況下、パナソニックの説明員は「日本における水素の地産地消にこだわることはない」という。水素製造工程の中でも、水素を発生させる水電解工程に特化した技術優位性を構築し、その技術・装置を欧州に輸出する考えだ。

 パナソニックはなぜこの水素製造市場に挑むのか。

 水電解には主に3つの方式がある。電解質に強アルカリの水酸化カリウム溶液を用いる「アルカリ水電解」、電解質にプロトン伝導性の高分子膜を用いる「固体高分子(PEM)型水電解」、原子力発電の熱を利用する「水蒸気電解」である。

 パナソニックが採用しているのは「アルカリ水電解」だ。実は、パナソニックがこれまで世に出した燃料電池や浄水器には、アルカリ水電解手法のコア技術として生かせる技術が詰まっている。これまで育てた世に誇れる技術で、世界の新市場に切り込む。絵に描いたような日本の伝統企業の革新的な挑戦ではないだろうか。

 この展示には、現代自動車の会長自身がわざわざ訪ね、事細かに質問してきたという。今後の期待が高まる挑戦の第一手だったのではないだろうか。

 

サステナビリティビジネスへの2つの道筋:地産地消による資源循環と勃興市場における領域特化

 サステナビリティビジネスは検証段階から実用化段階に移行しだしており、すでに市場競争が始まり出している。サステナビリティはビジネスの大前提となり、持続可能性の向上だけではなく、更なる付加価値を付けた事業に昇華させなければ、いずれ競争力を保てなくなるであろう。

 特に、製造業を始めとしあらゆる企業はサステナビリティビジネスへの転換に向けたサプライチェーンの変革に迫られるであろう。

 ここで紹介した3社の取り組みから、変革の舵切りに2つの方向性を見出せるだろう。

 一つの方向性は、付加価値を伴った地産地消型への切り替えである。日本は資源の少ない国のため、輸入に頼らざるを得ないのは一定許容しなければならないだろう。しかし、問題なのは、価値あるものも一緒に産業廃棄物として廃棄・輸出してしまっていることだ。例えば、家電や電子機器などのスクラップを中国に輸出している。このスクラップの中には、原材料として利用できる可能性のある金属が含まれている。つまり、資源に乏しい日本にも関わらず、潜在的な資源を手放してしまっているという矛盾が生じているのだ。LU-NAOのアイデアはこれまで縁のなかった、シリカ原料の化粧品とお米のサプライチェーンを結びつけることで様々な付加価値を生んでいる。この取り組みから学べることは多いであろう。Lightyearの「消費と生産の一体化」の考え方も真似たい。

 もう一つは、新たに勃興する市場において、サプライチェーンの特定領域に特化する方向性だ。サステナビリティという大号令の下で、EV・VPP・水素などの新しい市場が産声を上げている。そのような状況を横目で眺めているのではなく、新規事業としてチャレンジするのだ。事実、SIerがEV業界へ参入することもあれば、前述のパナソニックのような電機メーカーが水素事業に参入することもある。そこでの戦い方として、プラットフォームを構築するなどしてサプライチェーン全体を掌握しようとするのではなく、独自技術など自社の強みを生かせる領域に特化し、確実にプレゼンスを高めることから始めてみてはどうだろうか。日本企業のネガティブな特徴となってしまった自前主義の権化ともとられてしまう「尖った技術」だが、その優れた技術はこれから現れる新興市場においても多くの場面で求められるはずだ。パナソニックも水素社会の青写真を語っただけでは目を引かなかったであろう。展示された実機から、未来の市場へ自社の技術を携えて挑む姿が映ったからこそ業界の雄が足を止めたのだろう。

 新たなトレンドとして盛り上がるサステナビリティビジネスは日本企業にとってピンチではなくチャンスである。この新たな潮流を契機に、失われた30年を乗り越える未来に期待したい。

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