連載:CDOの履歴書から見るデジタル組織の変遷

Vol.3CDOが果たすべき3つの役割、問われる「履歴書」

  • 2022年12月
  • 常務執行役員 CDO / ベイカレント・インスティテュート室長 則武 譲二

連載:CDOの履歴書から見るデジタル組織の変遷

Vol.3CDOが果たすべき3つの役割、問われる「履歴書」

  • 2022年12月
  • 常務執行役員 CDO / ベイカレント・インスティテュート室長
    則武 譲二

フレームワークの提言に当たって、整理が必要なことが1つある。DX(デジタルトランスフォーメーション)とひとくくりにされがちなデジタル変革の分類だ。この分類を明確にしない企業が少なくない。結果、自社がCDOに求めるべき役割がはっきりしなくなる。

 

高度化か転換か、デジタル変革の2つのモード

 ベイカレントでは、デジタル変革を「DX」と「デジタルインテグレーション(DI)」の2つに分けている。DXとDIは、ビジネスモデルの転換を伴っているかで枝分かれする。

 皆さんが普段から聞き慣れているDXは、デジタル技術によるビジネスモデルの転換を指すとベイカレントでは定義している。ビジネスモデルの転換とは例えば、アパレル販売という販売に特化したレイヤープレーヤーから、商品の企画から販売までを担うインテグレーターであるSPA(製造小売業、例えばユニクロ)へ転換するなど、ビジネスモデルを別のものへと置き換えるのものだ。

 対してベイカレントがDIと区分するのは、デジタル技術を活用したビジネスモデルの高度化。ビジネスモデルそのものは変えず、ビジネスモデルの構成要素をデジタル技術で磨きこむことと定義している。多くの企業がDXとして取り組んでいる事例の多くは、ベイカレント式ではDIに区分される。

 具体例を見てみよう。

 DIの好例としてサイバーエージェントを取り上げたい。インターネット広告などのクリエーティブ制作プロセスのAI(人工知能)による高度化だ。新しいクリエーティブの効果をAIで予測し、最も効果が出ている既存の作品を上回ったものだけを広告主に納品する。AIを使う場合と使わない場合では、期待する広告効果を上げる割合に2.6倍もの開きがあるという。あえてビジネスモデルの転換は狙わず、高度化路線で変革を進めたとしても、十分な経営インパクトの増幅を図れることをお分かりいただけるだろう。

 一方、ビジネスモデルの転換を伴うDXについては、SOMPOホールディングスがビッグデータ解析を手掛ける米パランティア・テクノロジーズと日本法人を合弁で設立した取り組みが分かりやすい。既存事業を通じて収集・蓄積したリアルデータプラットフォームを提供するという事業内容は、損害保険や介護事業を主要事業とする同社にとって、新しいビジネスモデルで新たな領域での収益化を狙うものである。また、このリアルデータプラットフォームは、介護事業におけるケアプランとサプライチェーンの合理化など、既存事業を底上げする効果があるのも興味深い点である。

 このように同じデジタル変革でも、DIとDXでは性質がまったく異なり、どちらに比重を置くかでCDOに求められる役割や能力も変わってくる。例えば、DIは既存のビジネスモデルを高度化していくため、連続的な変革が求められる。各部門を動かしていく調整力や突破力が重要であり、加えて事業と不可分なITを再構築していく能力も欠かせない。

 一方で、DXはビジネスモデルそのものを転換するため、非連続型といえる。新規事業を構想して立ち上げることが求められ、その能力を有していなければ役割を果たすことができない。CDOの役割をとらえるフレームワークを考えるに当たっては、DIとDXを分けて扱う必要がある。

 

CDOの3つの役割をフレームワークでとらえる

 DI・DXの分類を踏まえ、CDOの役割をとらえるためのフレームワーク、「CDOの3つの役割」を提示したい(下の図表)。その役割は2つのビジネス変革と、1つのシステム変革に分かれる。なお、3つの役割がCDOに必ずすべて課されるわけではない点には注意願いたい。企業の戦略やデジタル変革の進展度によって、各社のCDOに課される役割やその比重には違いがあるからである。

 

 役割①は、DIのビジネス変革サイドの役割である「既存ビジネスモデルの急所へのデジタル統合」だ。役割②は、そのDX版、「ビジネスモデル要素の転換による既存モデルの破壊」である。そして、これらの記述からは、それぞれに必要な能力も透けて見える。例えば①を果たす上では、既存ビジネスモデルの深い理解を前提に、社内の抵抗を乗り越える力が必要になる。一方、②を果たす上では、既存ビジネスモデルの弱点を見抜く能力や、その弱点の突き方の構想力が求められる。

 システム改革に目を転じてみよう。役割③は、「DIとDXの実現に必要なシステム再構築」だ。ここには主に、「レガシーシステムの縛りからの脱却」と「データ活用基盤の整備」という2つの果たすべき役割がある。デジタル変革の文脈で、レガシーシステムにスポットがよく当たるが、それはDIとDX双方の実現に直結する重要課題なのである。

 この2つには、共通してITの知見と経験が求められるのは当然として、ほかにはどのような力が求められるのだろうか。「レガシーシステムの縛りからの脱却」には、既存システムに関する深い理解と、IT組織が陥っているバッドサイクルを打破する度胸と強い権限が必須となる。一方で、「データ活用基盤の整備」を進める上では、最新テクノロジーをキャッチし、ビジネス要件に照らした実装を実現できる力が求められるはずだ。

 このように、CDOの役割と一言で言っても大きく3つに分かれるものであり、それぞれ求められる能力が大きく異なる。今の自社のデジタル変革の重点を、このフレームワークを通して見つめ直すとともに、自社のCDOの履歴書と照らし合わせてみよう。そこに経営トップの意思が透けて見え、納得感を覚えるケースもあれば、役割と履歴書のギャップに驚く場合もあるだろう。

 

CDOに求められる「納得の履歴書」

 ここで、金融業界におけるデジタル変革のリーディングカンパニーの1社である三菱UFJ銀行を例にとって、そのCDOの履歴書が意味するところをひもといてみたい。履歴書の意味合いを理解するには、まず同行のデジタル戦略の重点と、稀有(けう)なデジタル組織形態を概観する必要がある。

 三菱UFJ銀行の柱の1つである「マスセグメント事業」は、デジタル技術による大きな変革を必要としている。マスセグメント事業は、同行の顧客セグメントのうち、一般の個人のお客様と、担当を付けていない中小法人などを対象とした事業である。

 顧客のデジタルチャネル重視、商品・サービスニーズの多様化が急速に進む中、決済や融資、資産運用などの分野において新たな競合による侵食も進んでいる。そのため、デジタル技術を活用したビジネスモデルの転換、すなわちDXが求められているのだ。一方で、全行的なデジタル変革の推進(DI)も、もちろん引き続き重要課題であることは言うまでもない。

 そこで同行は2021年4月、デジタルサービス事業本部を発足させた。デジタル企画部とマスセグメント事業の一部の部門を統合した新事業本部だ。統合の対象は商品・サービス、マーケティング、店舗戦略、事務、コールセンターなど、マスセグメント事業に関わる広範な業務にわたる。

 これによりデジタルサービス事業本部は、顧客セグメントの縦軸の1つであるマスセグメント事業を所管しつつ、全行的なデジタル変革という横串支援(横軸)の両方を担う稀有な「L字型組織」へと生まれ変わったのだ。

 それを率いるのは同行の取締役常務執行役員で、三菱UFJフィナンシャル・グループでも執行役常務としてデジタルサービス事業本部長兼グループCDTO(Chief Digital Transformation Officer)を務める大澤正和氏。彼の経歴を見てみよう。大澤氏は新卒で同行入行後、コーポレートバンキング、M&A(合併・買収)、個人取引、経営企画などに、国内・海外で従事している。また、08年の米モルガン・スタンレーへの出資や、13年にはタイのアユタヤ銀行のM&Aにも参画した実績も持つ。この“履歴書”は、L字型組織のミッションを果たす上で求められる能力を有しているように見える。

 個人取引やM&A、アユタヤ銀行での経験は、マスセグメント事業のDXに生きるであろうし、経営企画などの時代に培った全行を横串する経験と人脈は、DIに必要とされる既存ビジネスモデルへの深い理解や、社内の抵抗を乗り越える力へとつながっているであろう。

 マスセグメント事業のDXでは、新たなビジネスの創出に向け、API経由で銀行の機能を他事業者のサービスへ提供する「BaaS(Banking as a Service)」に取り組んでいる。NTTドコモと進めている、dポイントがたまる「デジタル口座サービス」は、その第一歩だ。

 一方の全行横串のDIでは、米国スタートアップのRipcordと協業し、同社のAIロボットを活用することで社内のペーパレス化を加速。オペレーションの効率化を着実に進めている。

 何より興味深いのは、これまでにないデジタル組織を率いる大澤氏の履歴書と担う役割が、新たなCDO像の一つを指し示していることである。

 今回は前回の「CDOの履歴書→CDOの役割」とは逆方向の、「CDOの役割→CDOの履歴書」という流れで考察を行ってみた。CDOの履歴書の意味するところをより深く理解できたのではないだろうか。

 そしてCDOの役割は、我々の持つイメージ以上のものに拡大しようとしている。次回は、引き続きリーディングカンパニーで見え始めた新たなデジタル組織形態を入り口に、CDOの履歴書と新たなCDO像に迫ってみたい。

論考・レポートに関するお問い合わせ