連載:CDOの履歴書から見るデジタル組織の変遷

Vol.1増える社内登用CDO、「脱・デジタル賢者」のなぜ

  • 2022年11月
  • 常務執行役員 CDO / ベイカレント・インスティテュート室長 則武 譲二

連載:CDOの履歴書から見るデジタル組織の変遷

Vol.1増える社内登用CDO、「脱・デジタル賢者」のなぜ

  • 2022年11月
  • 常務執行役員 CDO / ベイカレント・インスティテュート室長
    則武 譲二

昨今、多くの企業が取り組むデジタルトランスフォーメーション(DX)。そのキーマンとなるのがCDO(Chief Digital Officer=最高デジタル責任者)だ。CEO(最高経営責任者)やCOO(最高執行責任者)、CFO(最高財務責任者)は読者の皆さんの多くが見聞きする言葉で、その肩書を持つ人物がどのような立場で何をすべき役職なのかを理解しているだろう。

 一方、聞き慣れないCDOとは何か。文字通り企業におけるデジタル変革の最高責任者であり、DXを推進する役割を担う。このように聞いて皆さんはどのような人物像を思い描くだろうか。デジタルにたけたテクノロジーに強い人物だろうか。新たな商品やサービスなどを生み出すイノベーションに強い人物だろうか。または、企業全体を変革していく人物だろうか。おそらく、人によって想像する人物像が異なると思う。今回はそんなCDOの経歴をヒントに求められる役割の多様化に迫っていきたい。

 まずは、どれくらいの企業がCDOを置いているのかを知ろう。先端企業の実態を知るべく、ベイカレント・コンサルティングは2022年6月に独自調査を実施した。日経平均株価を構成する日本の主要上場企業225社を対象とした「日経225」の企業のホームページなどから、取締役や執行役員にCDOを置いているかを調べた。結果、225社の2割に当たる42社がCDOを置いていた。

 一見すると少ない印象を受けるかもしれない。だが、225社にはDXの重要度が特定の機能に限定され、機能横断で責任を持つCDOの必要性が低い業種もあれば、サイバーエージェントや楽天グループのように、そもそもデジタル化が進んでいるIT企業も多い。そうした企業ではCDOを置かない場合もあるようだ。また、各業界のリーディングカンパニーを支援しているベイカレントの感覚からすると、前述のような業界を除けば、ほとんどの先端企業がCDOに相当する担当役員を設置している。

 では、企業におけるCDOの経歴はどう分類できるのか。それをグラフ化したものが以下になる。

“黒船”から社内登用へ

 

【調査概要】2022年6月にベイカレントが実施。日経平均株価を構成する225社のホームページなどからCDOとそれに準じる役職の有無や経歴を調査。(注)CDO就任が入社5年未満の人物は「外部招へい」と区分とした

 CDOの役割の変化をひもとくに当たり、まずはCDOの歴史を見ていきたい。日本で初めてのCDOは、15年、日本ロレアルのCDOに就任した長瀬次英氏といわれている。当時のロレアルは、従来の店舗販売主導のビジネスモデルでは、顧客との間に距離が生じてしまう点に危機感を抱いていた。また、EC(電子商取引)サイトの売り上げも伸び悩んでおり、この状況の打開策を模索していた。そこで長瀬氏に白羽の矢が立った。

 彼は、前述の分類でいうと外部から招へいしたビジネス系の経歴を持つCDOだ。KDD(現KDDI)、フェイスブックジャパン、インスタグラム日本事業責任者などを歴任しており、デジタルマーケティングにたけている。その経験を生かして、ロレアルでは顧客データベースの統合や、SNS(交流サイト)などから顧客の声を分析するソーシャルリスニングの強化などを推進した。また、インフルエンサーマーケティングの手法を取り入れるなど、デジタルチャネルでのプロモーションも強化していった。これによってロレアルは、顧客の声をタイムリーに聞き入れながら商品開発を進められるようになり、ECの売り上げも大幅に向上したのである。

 このように、CDOはデジタルを活用して企業を変革に導く存在であり、企業がDXを進める上で重要な役割を担うが、18年ごろまでは長瀬氏のような外部から招へいされる人物にスポットライトが当たることが多かった。理由は後述するが、当時のCDOは、デジタル技術に強く、デジタルの効用を“黒船”的にもたらす人物が中心であった。だが、近年ではこのCDO像が徐々に変わりつつあり、社内登用のケースも増えてきている。

 この変化は、「Japan CDO of The Year」の歴代受賞者からも見てとれる。Japan CDO of The Yearとは、CDOの認知と普及に貢献した個人を表彰するもので、一般社団法人の CDO Club Japan(東京・渋谷)が17年より選出している。17年には前述した日本ロレアルの長瀬氏、翌年には日本IBMから転身した三菱ケミカルホールディングスの岩野和生氏らが受賞。一方で、19年は三菱UFJフィナンシャルグループの安田裕司氏、20年は味の素の福士博司氏など「社内生え抜きCDO」の受賞が続いている。

 このように、スポットライトが当たるCDOが社外からの黒船的なCDO人物から、その企業を知り尽くした重鎮的な人物に変化している。

 

多様化するCDOの役割

 なぜ、CDO像が変わってきているのか。1つの要因として、多くの企業でDXのステージが変わったことが考えられる。この点はベイカレントがクライアントから受ける相談内容の変化からもうかがえる。17~18年ごろまでは、まだ多くの企業でデジタルに関する理解が浅く、「デジタルについて知りたい」「デジタルを活用して何ができるのか教えてほしい」という相談が多かった。そのためCDOに関しても、デジタルにたけ、第三者の目線でデジタルを適用するポイントを見極められる人を求めるケースが多かった。

 新型コロナウイルス禍によって企業のDXが進み、それに応じてCDOが増えたような印象を持つ人も多いだろうが、先進企業ではコロナ禍以前からCDOの設置が既に始まっていたのである。

 近年では、多くの企業でデジタルに関する理解が深まり、「いかにデジタルによる変革を全社に浸透させるか」という相談に変わってきている。一部の部署や担当者だけでなく、本質的にDXを社内に浸透させていくには、既存のビジネスやその企業の文化を知り尽くした人物が変革をリードすべきで、DX先進企業はその必要性に気づき始めたのだ。このような背景から、CDO像が社内で生え抜きの重鎮に変化してきたのであろう。

 一方で、CDOの履歴書のグラフを思い出してほしいのだが、社外招へいは今でも一定数存在する。そしてこの社外から招へいされるCDOの役割も変わってきている。18年ごろまでの社外招へいのCDOはデジタルにたけている人物が多かったが、現在ではそれに加えて非連続的な成長のリードを求められるようになった。

 例えばトヨタ自動車CDOのジェームス・カフナー氏。カフナー氏は、グーグルのロボティクス部門長を務めた後、16年にトヨタへ転身。20年にCDOに就任している。今後十年で自動運転やEV(電気自動車)など大きな転換を求められる自動車業界において、カフナー氏に期待されるのはビジネスモデルの転換や、新たなビジネスの創出だ。実際にカフナー氏は、トヨタ自動車のCDOに加え、トヨタが進めるスマートシティープロジェクトである「ウーブン・シティ」を推進するグループ会社、ウーブン・プラネット・ホールディングス(東京・中央)のCEOも務めている。このような非連続の成長を実現するために、外部の新たな風を取り入れる動きも多く見られるようになった。

 つまり近年では、多くの企業でDXに関する理解が深まってきており、CDOに求められる役割も、デジタルにたけているかどうかよりも、企業の成長のステージに応じて連続的成長をリードするか、非連続的成長をリードするかで分かれている。既存ビジネスを連続的に成長させるフェーズにいる企業では社内の重鎮的なCDOを、ビジネスを非連続に成長させる必要があるフェーズにいる企業は黒船的なCDOを求める傾向にある。そして最先端なCDOでは、この両方を兼ね備えるケースが出始めている。

 次回は、企業のDX推進を担ってきたデジタル組織の進化と、その進化の中で生まれた最先端のCDOの履歴書について見ていく。

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