勃興するWeb3メタバース市場に決済(カード)事業者の参入機会はあるか

  • 2023年3月
  • エグゼクティブパートナー 和田 安有夢

勃興するWeb3メタバース市場に決済(カード)事業者の参入機会はあるか

  • 2023年3月
  • エグゼクティブパートナー
    和田 安有夢

Web3メタバースの勃興と新たな決済市場の登場

 メタバースという言葉を最近よく聞く。一般的には、「インターネット上に構築された仮想空間」を意味することが多い。また、あわせてよく耳にするのが、Web3という次世代インターネットとして注目される概念である。この新たなネットでは、これまで現物として扱っていたモノや資産がデジタルデータとして存在し、取引が行われる。いわゆるデジタルアセットである。

 メタバースとデジタルアセット、この2つのトレンドの親和性は高く、すでにその融合が始まっている。例えば、購入したNFTコンテンツ(アートや装飾)をメタバース空間内で利用したり、メタバース空間内の土地などをデジタルアセットとして売買したりといった具合だ。この流れは今後も続き、一定規模の市場となることが予想される。

 ここでは、メタバース×デジタルアセットが生み出しているこの市場を「Web3メタバース市場」と呼ぶことにしよう。この新興市場が拡大していった場合、決済事業者、特にカード会社にとってどのような参入機会があるのかを考察する。

 

 

まずは現実世界の決済とWeb3メタバースでの決済を比較してみよう。

 現実世界では現物資産を法定通貨で取引するのが主流であるのに対し、現在Web3メタバース上で主流となっている決済手段はビットコインやイーサリアムといった暗号資産(仮想通貨)である。そのため、利用者は現実世界の暗号資産交換所において、円やドルなどの法定通貨と交換して暗号資産を手にする必要がある。Web3メタバース上で、暗号資産を通貨にしてデジタルアセットの取引を行うのだ。

 利用者としての最初のハードルはまさにここにある。自身のウォレット(暗号資産を管理する、いうなれば“デジタルのお財布”)を作成し、法定通貨と暗号資産の交換を行わなくてはならない点である。

 これは海外旅行の時とよく似ている。あらかじめ、普段の財布に外貨が混ざらないように別の財布を用意し、外貨両替所で旅行先の通貨に交換しておく。もし現金しか持っておらず両替し損ねていたら、現地での楽しみは半減どころではないだろう。

 しかし、現実にはこのような状況に陥ることは少ないであろう。クレジットカードを始めとする決済サービスがあるからだ。海外であろうとも現金を持たずとも、加盟店であればカードで決済できる。(上限額には気を付けて)

 

 このような利便性をWeb3メタバースで展開できないだろうか。

 

 この問いについて考える前に、ここで改めて決済事業者の役割について振り返っておきたい。

 現在のカード会社を始めとした決済事業者は、私たち消費者の購買時における利便性を高めてくれている。決済事業者の役割は大きく3つある。

  • 国際ブランドによる決済ネットワークの提供
    クレジットカードは原則としていずれかの国際ブランドを利用している。国際ブランドが提供する決済ネットワークにより、消費者は現金を使わずにお店で買い物をすることができる。
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  • イシュイングによるクレジットカードの発行
    イシュアはクレジットカードを発行し、消費者の信用情報を審査、一定の与信枠を与える。これによって、消費者がお店で支払うべき費用を一時的に立て替えてくれている。
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  • アクワイアリングによる利用加盟店の開拓
    アクワイアラは、クレジットカードが使えるお店(加盟店)を審査・登録・管理する。加盟店が増えることで消費者はより多くのお店でクレジットカードが利用できるようになる。

 決済事業者が提供しているこれらの機能を踏まえると、Web3メタバース市場での決済や決済サービスのあり方が自ずと見えてくる。

国際ブランドとイシュアにおける2つの参入機会

 まずは、①国際ブランド②イシュイングによるWeb3メタバースでの価値提供を考えてみよう。現実世界では、彼らの機能によって、私たち消費者はお店での支払いをする際に現金がなくてもモノやサービスを受け取ることができる。

 ここで先に挙げた海外旅行でのクレジットカードの利便性を思い返してほしい。私たちが海外で買い物をする際に現地通貨に交換しなくても、クレジットカードで決済できるが、それはなぜか。

 答えはクレジットカード会社が決済された時点(正確には支払い処理を行った日)での為替レートを適用して通貨交換をしてくれているからである。

 これと同様の仕組みを暗号資産において提供することが考えられる。外貨ではなく、Web3メタバース上で必要となる暗号資産を法定通貨と代替してくれるサービスだ。 

 決済事業者単独ではなく暗号資産の交換事業者等と提携をすることで、取引時の交換レートで暗号資産と法定通貨を交換し、取引を成立させることが可能だ。実際に海外ではVISAやMastercardがこのスキームを用いた事業を開始している。この2社両者とも提携をした暗号資産決済サービス事業者MoonPayを例に挙げて少し具体的に見てみよう。

 

 

2022年4月に暗号資産決済サービス事業者であるMoonPayが、大手NFT電子市場「OpenSea」にてVISAやMastercardのクレジットカードを利用し、デジタルアセットの直接購入に対応することを発表した。

 この仕組みでは、OpenSeaが加盟店となり、MoonPayが既存の決済事業者(VISAやMastercard)との間で、法定通貨と暗号資産の交換機能を提供している。これにより、利用者にとっては保有しているクレジットカードの決済でデジタルアセットが購入できる仕組みとなっている。

 ここで、このような法定通貨と暗号資産の交換機能は逆のパターンでも活かすことができるのではないかと気付いた方がいれば、ご名答である。逆のパターンとは、すなわち、暗号資産による現物のモノ・サービスの購入である。この場合は、暗号資産事業者がイシュアとなり、国際ブランドと提携してサービスを提供する形となる。

 

 

このスキームには大きく2つの座組のパターンがある。

 1つ目は、暗号資産事業者自身で利用者の暗号資産を法定通貨に交換したうえで、加盟店向けに法定通貨で精算を行うパターン。

 2つ目は、国際ブランドが暗号資産の交換を代行するカストディ企業と提携する布陣だ。国際ブランドを経由する際に暗号資産と法定通貨の交換を行うパターンである。

 いずれの座組パターンも既に複数社がサービス提供を開始している。

 ここまで、法定通貨と暗号資産の双方向の交換機能を活かした決済スキームを紹介した。ただ、これらのスキームを実際にサービスとして提供するとなると、話はそう簡単ではない。現在でもまだまだ多くの障壁が存在している。

 

 障壁には、主に暗号資産の特性によるものと法規制によるものがあり、これらの解消が決済事業者のWeb3メタバース市場参入の可能性を大きく広げることとなるだろう。

アクワイアラによる加盟店開拓の可能性

 最後に、③アクワイアリングの観点から、Web3メタバース上での加盟店開拓についても軽く触れておこう。Web3メタバースにおける加盟店の候補となるのは、(A)既存事業者の進出と(B)新規事業者の参入、2つのケースがある。加盟店の開拓・管理を行うアクワイアラにとっては、いずれも対象加盟店を増やすチャンスとなる。両者、1つずつ事例を挙げておこう。

事例(A)既存事業者の進出
●バーチャル ドミノ・ピザショップ(ドミノ・ピザ・ジャパン)

 メタバース上で注文すると、近くのドミノ・ピザ店(実店舗)からピザが配達される。(実証実験として期間限定で実施)
 

事例(B)新規事業者の参入
●メタバースNFT美術館(newtrace)

 バーチャル空間上で美術品などの鑑賞や購入が可能。劣化リスクや後継者不足の課題をデジタル化によって解消するとともに、海外インバウンドニーズや地方創生にも対応する。

 簡単にはなるが、Web3メタバースでの加盟店開拓・管理において留意すべき点を2つ述べておこう。

 1つ目は、既存事業者だからといって現実と全く同じ事業を行うわけではないことだ。ドミノの事例は一見デジタルツインのようにも見えるが、現実にはないゲーム性を持たせた出前サービスを提供している。エンタメ性に振り切っている海外ブランドメーカー(NIKEやGucciなど)などはより分かりやすい例だろう。

 2つ目は、新規事業者だからといって現実に根差していない事業とは限らないということだ。newtraceが提供するバーチャルな美術館は現実に無いものだが、展示するデジタルコンテンツは、国内の美術館や博物館の展示作品をトレースしたものが主である。現実の作品とリンクしているのだ。

 現実における既存事業者の拠点・店舗の新設や、新規事業者の初出店とは少し毛色が違うのがお分かりであろうか。Web3メタバース上での加盟店の見方や営業を少し変える必要があるかもしれない。ここでは論点の言及だけにとどめておこう。

 本稿ではWeb3メタバースにおける決済事業者の参入可能性について考えてきた。実際、Web3メタバース市場がどの程度の市場規模を持つものとなるかは未知数であるが、ここまで見てきたとおり、何かしらの事業機会は確実に存在するであろう。と同時に、Web3メタバース市場の実現には決済をはじめとした金融インフラは不可欠である。この未来の新興市場に向けてどれほど舵を切るか、その決断が求められる日はそう遠くないかもしれない。

 

<執筆協力>

野口 廣太郎、安田 真佑、笠原 将司


 

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