「遊び心」でメタバースを開拓せよ

  • 2023年7月
  • マネージャー 吉田 知弘

「遊び心」でメタバースを開拓せよ

  • 2023年7月
  • マネージャー
    吉田 知弘

ユーザーの好奇心をくすぐる「遊び心」

 

 メタバースにバーチャル店舗を展開する企業が増えてきている。常設で店舗展開している企業もあれば、イベントに合わせて一時的に出店する企業もあり、バーチャル店舗の在り方を模索している現状が見受けられる。

 メタバース黎明期とも言える現時点では、バーチャル店舗で本格的なマネタイズを行うというよりは、ユーザー接点の拡大やブランド認知度向上の一環として取り組む企業が多いようだ。これらのバーチャル店舗を見てみると、その多くに大なり小なりエンターテインメント要素が取り入れられている。メタバースがまだ一般に浸透していない現在では、ユーザーを惹きつけるコンテンツがなければ、バーチャル店舗を訪れるモチベーションは生まれない。情報の取得だけならWebサイトで十分であり、移動という概念が存在するメタバースはむしろ不便であるという側面もある。そのため、現実世界での業種や業態に関わらず、いかにユーザーを楽しませるか、遊ばせるか、興味を持たせるかという要素が最も重要となる。これがメタバース検討の出発点と言えるだろう。

 

 メタバースの企画段階における難しさはここにある。エンターテイメントに無縁の業種では、「仕事脳」での思考が常であった。しかし、メタバースでは「遊び心」が重要視される。例えば、物販サイトを作る際は、導線をいかに効率的に設計するかがキーとなり、「仕事脳」が強く求められる。逆に、業種や業態に合わないUI/UXを無理に面白くしようとすると、ユーザーからネガティブに受け止められてしまうリスクがある。

 しかし、バーチャル店舗では、これまでの常識が必ずしも通用しない。バーチャル店舗の企画にあたっては、「仕事脳」だけでなく、既存の枠にとらわれない「遊び心」が求められるのだ。これまで比較的距離を置いていた「仕事脳」と「遊び心」が交差するのが、現在のメタバース検討の特徴である。

 

 もちろん、リアル店舗をメタバースで再現することが目的となる場合もある。小売業や製造業など、有形のプロダクトを扱う業種においては、商品の展示や試用ができるショールームや空間自体が商品となるモデルルームなどの利用シーンがある。

 

 これらの業種にとっては、新たな顧客接点となるバーチャル店舗は可能性を秘めている。例えば、バーチャルファッションのように素材やデザインを自由に変更できるなど、バーチャルならではの体験を提供できることから、様々なユースケースが増えていくだろう。

 

 では、サービス業を始めとした有形のプロダクトを扱わない業種では、バーチャル店舗をいかに捉えるべきだろうか。

 そのヒントが「遊び心」にある。その良い例が、金融業界におけるバーチャル店舗の展開だ。真面目なイメージが強い金融業界だが、そのバーチャル店舗は遊びの要素を含み、エンターテイメント色が強い店舗体験を提供している。小売業や製造業などとは異なり、陳列できる有形のプロダクトが存在しない。しかし、裏を返せば、既存の事業の枠にとらわれず、自由度の高い店舗を想像できるということでもある。現実世界では「堅い」イメージを持つ金融業が、メタバースでは「緩い」雰囲気を持つ店舗を展開するという逆転現象は、「仕事脳」に加えて「遊び心」が求められるメタバースの特徴を顕著に表していると言えるだろう。

 

「遊び心」を取り入れた金融業界のメタバース

 

 金融業界が「遊び心」を取り入れた具体例を紹介しよう。

 

 三井住友フィナンシャルグループは、銀行の各種サービスやクレジットカードを使ったお買い物などでのVポイントの貯め方をイメージした5人乗りのライド型アトラクションが楽しめる。コンビニや飲食店を模したエリアや銀行支店を再現したエリアの中で、動く的を狙い撃ちすることでポイントをためるというシューティングゲームになっている。

 

 三菱UFJモルガン・スタンレー証券は、大きな株価ボードや、ディーリングを模したフロアとなっており、動画やポスターを楽しむことができる。フロア中央からはワープゾーンとなっており、雪山の頂上からソリ滑りを体験できる。転がる雪玉をお客さまの資産に見立て、ソリ滑りを楽しんでいる間に雪玉が勝手に大きくなり、最後には巨大な雪だるまが完成する。

 

 SBI新生銀行は、いわゆる店舗のイメージからは大きく離れ、宇宙に足場が浮遊しているというファンタジーな異空間を楽しむことができる。配置されているスタッフアバターもスーツ姿ではなく、SFテイストの強い服装となっており、演出の一環を担っている。

 

 個別店舗の事例からは少し離れるが最近のトピックスとして、2023年2月に3メガバンクのほか、りそなHDやJCBなどの複数企業が連携して新たなメタバースプラットフォームを構築するというニュースが出た。注目すべきは、構築予定のメタバースが非常にエンタメ色の強い内容になっていることだ。

「リュウグウコク(仮)」と呼ばれるバーチャル空間は、ゲームテイストを前面に打ち出したファンタジー世界となっている。ユーザーはリアルから離れた異世界を旅する感覚で、メタバース内の街や城、乗り物等を通じて参加企業のサービスを利用する構想となっている。

 このニュースは、ユーザーをメタバース空間に引き込むためには何らかのエンタメ要素が求められる、ということをまさに裏付けているのではないだろうか。いずれにしても、金融業界の著名企業が参画してリアルから離れた空間を作るというアプローチは非常に興味深い。

 

仕事脳と遊び心を紐解く

 

 「仕事脳」と「遊び心」について、より詳細にみてみよう。

 「仕事脳」を象徴となる要素は、まず論理性である。ロジカルシンキングに代表されるように、物事を論理的に捉え、言語化し、そして定量的あるいは定性的に判断する能力が「仕事脳」の根底にある。

 次に、収束という点が挙げられる。ビジネスシーンでは、際限なく検討を重ねるよりも、論点から大きく逸脱することがなく、議論を制御しつつ結論に導いていく。その結果、突飛な意見やアイデアが表に出てくることは少ない。発想はあってもそれを表に出すことを自制する傾向がある。

 そして、「仕事脳」では思考することを重視している。何をするにも、まずは机上で詳細に検証し、しっかりとした足場を固めてから行動に移る。場当たり的な行動はほとんどない。

 

 一方で「遊び心」は、まず感情を重視する。物事を言語化することよりも、それが面白いか、楽しいかという感覚による判断を重視する。俗語を用いるなら、その企画が「エモい」かどうかで判断すると言えるだろう。

 次に、「遊び心」では、何よりもアイデアを発散させることが求められる。着地を見据えた議論よりも、自由な議論が重視される。まるで常にブレインストーミングを行っているようなイメージに近い。

 そして、「遊び心」は試行の精神を重視する。作成したコンテンツがユーザーにとって面白いかどうかは、机上でどれだけ考えても結論は出ない。試行錯誤を繰り返しながらコンテンツをブラッシュアップする。

 

 これからも一定数の企業がメタバースに参入してくると思われる。「仕事脳」と「遊び心」が交差する特殊な空間が、どのように発展していくのかを継続してウォッチしていきたい。

 

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