「社会関係資本」~企業が認識すべき本当の競争力~

  • 2023年12月
  • マネージャー 土性 尚暉

「社会関係資本」~企業が認識すべき本当の競争力~

  • 2023年12月
  • マネージャー
    土性 尚暉

なぜ、社会関係資本か 

 

 2023年3月期の決算以降、金融商品取引法第24条の「有価証券を発行している企業」のうち、主に大手企業約4,000社を対象に、有価証券報告書への人的資本に関する情報の開示が義務化された。昨今、企業経営における人的資本の重要性が説かれ始めているが、これと並んで、注目を集めている無形資産がある。それが社会関係資本だ。 

 

 企業経営における無形資産の位置付けは、徐々にその重要度を増してきた。デジタルやサステナビリティといった社会トレンドを背景に、企業価値を測る基準が変化してきたことは言うまでもないだろう。デジタル化の進捗に伴い、データやノウハウなど無形資産をコア・コンピタンスとしたビジネスが確立され、また、兼ねてから言われ続けてきたESG投資にも火が着いた。そして企業価値の多くは有形資産ではなく、無形資産によって構成されていることに気付き始めたのだ。 

 

 その中で、社会関係資本はこれからの社会を象徴する資本と言っても良いのではないだろうか。社会関係資本とは、人や組織の関係性や繋がりを資本として捉える考え方だ。通信技術やインターネット技術が発達した昨今、組織や人同士の関係性をそのまま価値に変換できるシチュエーションが増えてきた。例えば人材や業者をマッチングするサービスはその最たる例だ。人材紹介サービスやプラットフォームサービスを営む企業は、個人に提供できる関係性の質と量が直に競争力となるため、彼らが自ら持つ社会関係資本を適切に測り、開示することが、今後の競争力を世に示すことに繋がるのだ。 

 

社会関係資本を正しく開示できている企業は存在しない 
 

 そういった意味で重要度を増している社会関係資本だが、自社の社会関係資本について、資本の生成から競争力に変換されるまでのロジックと共に、適切に開示できている国内企業はほとんど存在しない。 

 

  現状、大半の企業は国際統合報告評議会(IIRC)が提唱する価値創造プロセスの開示モデル「オクトパスモデル」に基づいて、自社の社会関係資本を社外に示している。しかしそこの示されている内容は、支店数や会員数、取引先企業数などをただ羅列しただけのものだ。それがいかに生成され、また、競争力に変換されるかのロジックは、全くと言って良いほど示されていない。一部、エーザイ社の柳モデルのように、独自の企業価値説明モデルを開発する企業も現れ始めているが、広く普及するには至っていない。 
 

社会関係資本を生成するための3プロセス 

 

 ではそもそも、社会関係資本とはどういったロジックの下に生成されるのか。この資本は主に3つプロセスによって生成される。「①つながり認識」→「②信頼醸成」→「③規範共有」の3プロセス(※1)だ。 

  

 まず①つながり認識とは、相手と自分の関係性を認識することだ。これは相手の属性情報を知っていく過程を指している。例えば、オフィスの同じフロアにいる全く知らない人について、名前を知り、年齢を知り、大学を知り…という具合に相手の属性情報を得ることで、「実は自分と同じ大学だったんだ」と、相手と自分がどんな部分で関係しているのかを認識していくことだ。そこで始めて、相手と自分の間に関係性が生まれたことになる。 

 

 次に、②信頼醸成は、「事実の確認をしない状態で相手が期待した通りに振舞うと信じる度合」が高まることを指す。例えば、「相手は企画部のエースだから、きっと良い企画を出す」といったように、細かい経緯を確認せずとも、相手の行動を信頼できる状態がそれだ。相手のことが信頼できれば、いちいち物事の細かな確認を行わなくても良くなる(コストを引き下がる)ことに利点がある。 

 

 最後に③規範共有は、相手と自分の信頼関係の中で、お互いが取る行動のルールが出来上がることを言う。自分の行動によって相手がどんな行動を取るかを把握し、かつ自分がそれを知っているという事実を、相手も認識している状態を指す。例えば、お土産の文化は、規範共有の例だ。家族や同僚に旅行のお土産を買うのは、逆の立場になった時にお返しをもらえるという前提を踏まえているからではないだろうか。あえて口に出すことはしないが、そういうものだと考えているからこそ、互いに何気なくお土産を買ってくるのだと思う。このときお土産をもらう側も、自分がお返しを期待されていることを認識している。そしていざ旅行に行った際には、きちんとお土産を買ってくるのだと思う。これが信頼関係の上に成り立つ規範であり、特に、即時性を求めない状況下で、贈与に対して返礼を行う規範を一般的互酬性の規範と呼ぶ。ビジネスのシーンに置き換えたときに、この一般的互酬性の規範が共有されている社会関係資本を多く持つ企業は、近い将来顕在化する競争力をしたためている、強い企業と言えるだろう。 

 

 ※1:アメリカの政治学者、ロバート・パットナムの理論を参考の上、一部改変 

少し先の競争力を照らし出す 

 

 このように社会関係資本は、資本を有している状態から、実際の価値や競争力に変換されるまでにタイムラグが生まれがちである。それゆえに、統合レポート上にただ店舗数や支店数を書き記しているだけでは、自社の真の競争力を世の中に伝えることにならない。そして見る側も、社会関係資本が生まれ価値変換されるロジックを捉えないままでは、企業が持つ“少し先の競争力”を捉えていることにはならない。無形資産の価値が増加している今だからこそ、これらの資本に向き合い、少し先の時代にその企業が持つであろう競争力を捉え続けることが重要なのだ。

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