3分でわかる「量子コンピュータ」~日本企業が向き合うべき理由~

  • 2023年12月
  • アソシエイトパートナー 平賀 友洋

3分でわかる「量子コンピュータ」~日本企業が向き合うべき理由~

  • 2023年12月
  • アソシエイトパートナー
    平賀 友洋

量子コンピュータは世界を変える

 

 “現在のスーパーコンピュータをもってしても1万年かかった計算を、わずか数分で解いた”

量子コンピュータを一躍、“すごい”存在として知らしめた、有名なGoogle「量子超越性」レポート(2019)である。

 

 少なくとも40年間にわたり、世界の経済活動を支え続けてきたのは、0と1の組み合わせ(2進数)からなるコンピュータである。しかし、近い将来、量子コンピュータが主役になるであろう。

 

 まだ、量子コンピュータが、現在のコンピュータにとって変わるのか、両者の適材適所によるハイブリッド化が進むのかは定かではない。しかし、人間の社会、経済を支えるインフラであるコンピューティング領域に、こうした異次元の能力を持った存在が主役になれば、大きな変化・ディスラプトが起こる可能性が高い。

 

既存コンピュータと量子コンピュータの違い

 

 そもそも、既存コンピュータは、ニュートン等に代表される古典物理学をベースにしているため、 “古典”コンピュータと呼ばれる。この古典コンピュータは、ビット(古典ビット)に流れる電圧の強弱で0と1を表現し、情報を保存/処理して計算を行うことはご存じの通りだ。

 

 対して、量子コンピュータは、原子、電子、中性子等ミクロの世界の物質を量子ビットとして備え、その物理状態の変化、力学(量子力学)を用いて計算を行う。

 

 もう少しかみ砕く。オセロの駒を思い浮かべてほしい。オセロは裏表で色が違うが、碁盤の上に置くときには、当然だが、その駒が白か黒が確定する。古典コンピュータを碁盤に例えると、黒=1、白=0を配置し、その配列、組み合わせで文字などを表している。つまり、この列に黒が3つ白が5つで“A”、黒が4つになったら“B”という具合に。

 

 一方、量子コンピュータの世界では、このオセロの駒が「球体」であり、それが碁盤に置かれるイメージだ。オセロゲームならば、球体の駒は碁盤の上で踊ってしまい、黒や白が不確実な状態になり、ゲームとしてはとても成立しない。

 

 しかし、コンピューティングの世界では画期的な結果が生まれる。1つの駒(量子)が右ななめ上方向に30度回転した状態の黒白パターン、駒が置かれた目の中で、数ミリ左にずれながら左ななめ下方向に40度回転した時の黒白パターン、など、あまたの白と黒(0と1)組み合わせを駒一つで表すことができるためだ(量子力学でいう「量子重ね合わせ」)。現に、たった1量子で256通りを表現できるともいわれている。こんなことができる駒(量子)が大量にあったら、とてつもないパターンの0と1を表現できることは想像に難くないと思う。

 

 また、この量子は、量子間で強いつながりを持っており、先の例で述べると、ある目に置かれた球体の駒が、右ななめ上方向に30度回転すると、別のところにある駒が、目の中で左に2mmズレ、下方向に90度傾く、という事象が起こる(量子力学でいう「量子のもつれ」)。つまり、一つの駒で多くのパターンを表すことができるとともに、一つの駒を動かすと、ある駒が動く、といった相関関係に基づくパターンも加わる。そして、極めつけは、引き続きオセロの例になぞると、球体のため、ちょっとした“外力”でころころと踊るため、あまたあるパターンを即座に表すことができるのだ。

 

 量子コンピュータは、アルゴリズムなどの一定ロジックを“外力”として、人為的に量子状態の変化を操作することで、測定・計算するもののため、渋滞回避ルートの最適化、化学品研究の際のシミュレーションなど、どのパターンが最適か?を超高速で計算できるのだ。

 

 オセロの盤・駒を例に、相当ざっくりとした説明をした。厳密には、多々補足する点があるが、大きくはこのようなものが量子コンピュータである、と理解頂いて構わない。

                                                                     

既に、試すことができる環境がある

 

 量子コンピュータは、繊細な量子を扱うため、付属装置が大きく、ハードが巨大になりがちだ。またエラーが発生しやすく、訂正が複雑であり、ソフトも未だ発展途上である。本格的に社会に浸透するまでには、あと20年必要と言われる。

 

 しかし、今すぐに量子コンピュータの実力を体験でき、事業への活かし方を研究できる環境が実は整っている。IBM(IBM Q)、Amazon(AmazonBraket)、Microsoft(Azure Quantum)、Google(Quantum AI)などは、企業や研究機関が量子アルゴリズム/量子回路の開発・検証を行うことができる環境、ツールをすでにクラウド環境下で提供している。最近ではこの環境を使って、古典コンピュータでは遅い、難しいと“諦めていた”計算、シミュレーションにチャレンジする日本企業が増えている。特に、住友商事はエアモビリティ時代の交通制御システムに量子コンピューティングを活用しようと検討中だが、その理由を知ると改めて量子のパワーが理解できる。

 

 エアモビリティが主流になった世界では、“空中での渋滞”は安全上の脅威になりうる。渋滞解消のためには、各車に対し、渋滞が起こらない経路の組み合わせをリアルタイムに返さねばならないが、同社はこの「“各車にとって”“最適な経路”を“リアルタイムに返す”」を、古典コンピュータで行うことの難しさを語っている。

 

 「車1台、目的地にたどり着くまで、3通りの行き方があるとする。それは、車10台で6万通り、20台で35億通り、30台で200兆通りになる。仮に30台・200兆通りの中から最適な経路を導きだそうと、古典コンピュータを使った場合数日、数週間かかるが、量子コンピュータだと“秒”で結果が返ってくる。街の車は30台ではない、とてつもなく沢山ある。だから、エアモビリティ時代には量子コンピュータが欠かせない」(住友商事 寺部氏-テレ東Bizでのコメント-)

 

 このように、量子コンピュータの実力、強み・弱みについて、肌身をもって知り、その活用方向性を探っている日本企業が出始めている。

 

 “流行ってから”では手遅れ

 

 確かに、チャレンジする日本企業が増えることは望ましい。ただ、日本の場合、ユースケースの粒感が小さく、活用領域も限定的な印象だ。

 

 一方、世界の企業は、コア事業の変革に活用しようとしている。

  • E.ON:EV-EMS基幹システムへの活用
  • BMW:部品調達戦略への活用
  • Airbus:航空機の次世代設計への活用 
  • ECMWF(欧州中期予報センター):中長期気象予報への活用 など

 

 もちろん、小さな一歩の積み上げが大きな一歩を生むことは間違いない。しかし、それは、大きな一歩を踏み出すつもりでチャレンジしている前提だ。

 

 量子コンピュータをファクトリーオートメーションに活かそうとしている、Marathon社元CIO曰く、「アメリカでは、先端テクノロジー活用は常に経営課題。経営企画と議論しながら進める」と言っていた。彼らは大きな一歩を踏み出すつもりで準備し、ついにコア事業への活用を試す段階にきているのであろう。

 

 さて、日本企業はどこまで、大きな一歩のための今を迎えているのか。あくまで、一部の事業部や、先端研究部門、IT部門の試行錯誤、それ自体が目的となっていないか。しかし、将来どこを目指すか、それを踏まえ今何をすべきか、を考えることは一組織では限界がある。だから、経企・事業企画部門こそ、先端テクノロジーに興味・関心を寄せることが肝心となる。

 

 また、そもそも、”2050年ビジョン”など企業の長期戦略を考える組織は経営企画系部門が多いはず。本来、長期戦略は、来る先端テクノロジーを見据えて練らねばならないことは、この20年間に生じた数々のディスラプトでご理解頂けるはずだ。

 

 テクノロジーは実際に触れて、使ってみなければ、戦略/事業活用の勘所もユースケースも生まれないもの。つまり、いずれ来る量子時代の勝ち組になるためには、経営企画系部門こそが、量子コンピュータを理解し、実証に向けた音頭取りをしていくことが必至の時代にきている、といえよう。将来は依然不確実だ。20年前、スマホは無かった。AI・クラウド・IoTはとてもニッチなものだった。

 

 20年後、量子時代が来る。場合によってはもっと早く来る。そこで勝者になるための備えは万全か。

論考・レポートに関するお問い合わせ