農業の生産性向上のカギ。データ活用の勝ち筋をさぐる

  • 2023年8月
  • シニアマネージャー 川口 洋孝

農業の生産性向上のカギ。データ活用の勝ち筋をさぐる

  • 2023年8月
  • シニアマネージャー
    川口 洋孝

生産性向上に苦しむ日本の農業

 農業におけるデジタル化、とりわけデータ活用の必要性が言われるようになってから久しい。類義語である「精密農業」が日経新聞に初出したのは1988年のことであり、実に35年前のことである。その間、「IT農業」「スマート農業」「農業DX」等、呼び名を変えながら存在しており、農業のデジタル化は継続的に取り組むべき課題として認識されている。しかしながら、現実に我が国でデジタル化が進んだかというと残念ながら限定的と言わざるを得ない。

 データに基づいた精密農業が最も進んでいると言われているオランダの農作物の生産額を見てみよう。国際連合食糧農業機関が提供している農林水産業に関する統計情報「FAOSTAT」によると、直近10年(2012年から2021年)でオランダの生産額は18%増えているが、日本のそれは33%減っている。全雇用人口に対する農業従事者割合が同じく直近10年でオランダは2.7%から2.3%、日本は3.8%から3.2%と、両国とも減少していることを踏まえると、生産性の進化における差は歴然と言える。

 

現場でデータ活用を進めるためには

 直近のロシアによるウクライナ侵攻により、フードセキュリティの重要性はますます高まっており、かつ光熱費や肥料代高騰も招いている。データ分析に基づいて最適量を投入しつつ収量を高めるためのデータ活用は引き続き急務になっている。エネルギー・肥料・農薬の使用量を抑えることは農業経営のみならず、自然環境への影響を最小化するためにも有効である。

 データ活用環境を整備する施策で代表的なものは「農業データ連携基盤」(通称:WAGRI)だろう。これは、公的機関や民間企業が保有する農地・農薬・肥料・気象・地図などのBtoBデータ連携や提供機能を持つクラウドデータ基盤のことで、内閣府・戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)のもと、2017年に組織された「農業データ連携基盤協議会」が整備したものである。

 ここで留意すべきは、データ活用の基盤は整ったとしても、実際にデータが現場で活用されるかはまた別の論点になるということである。では、現場でデータ活用を加速させるためには何が求められるだろうか。

 

農業データ活用の難しさ

 農業に限らず第1次産業は第2次・第3次産業と比較してデータの蓄積・分析が難しい。理由としては主に下記の違いや問題がある。

 

・工場や店舗のように日・時間単位の事業活動ではなく、サイクルが年単位のため、データの蓄積スピードが遅い

・自然環境の影響を大きく受けるため、環境影響を読み解いた上で有意な分析をする難易度は高く、近年の気候変動によって更に複雑化している

 

 更に、データを蓄積・分析した後の提供段階にも難しさがある。

 

・データ活用による具体的改善策について説明をする側が、説明される側である農家の信頼を得ていないと聞いてもらいにくい

 

 つまり、データをセンサ等で収集し、データを分析、それをフィードバックするといった、所謂データ連携が成立しにくいのが農業におけるデータ活用の難しさである。

 

データ活用の第一歩目はどうあるべきか

 上記の問題を克服しながらデータの信憑性を高めていくためには、データが無価値だという誤解を形成しないような第一歩目を踏み出すことが重要になる。農家がデータに価値を見出す確度を上げるためには、屋外の田畑で行われる露地栽培とビニールハウス等の施設で行われる施設栽培に分けた上でアプローチを変える必要がある。

 

 露地栽培は前述の自然環境の影響に加え、作付面積が広大になるため管理が大変になるといった課題がある。そのため、高度な分析が不要かつ人手の作業を軽減できるような打ち手が有効だ。例えば下記のような打ち手がある。

 

・水田の水位センサデータに基づいた給水バルブ・水門の操作

・ネットワークカメラやセンサを用いた台風や獣害の監視・異常検知

・衛星写真による生育状況のセンシングと可変施肥(肥料投入量の制御)

 

 いずれも人力で行う場合は膨大な労力がかかり、ものによっては事故のリスクも伴う作業であるため、高齢化と労働力不足に悩む農家にとっては有意義である。具体的な取組事例として、人工衛星のセンシング画像から作成した可変施肥マップデータを田植機が取り込んで自動で施肥作業を行う実証をJA全農、クボタ、ドイツの化学メーカーであるBASF社が合同で実施中である。

 

 施設栽培は、温度・湿度等の環境を制御しやすく自然環境の影響を受けにくい。そのため、データ活用の有効性検証に比較的向くという特徴がある。世界最大級の農業ソリューション企業であるオランダのPriva社が提供するシステムは、温室内外センサで風向・風速・温湿度等を計測し、給液・換気装置、ヒートポンプなどの各機器を自動制御することで栽培環境を最適化し、病害虫の発生抑制にもつなげられる。日本でも、高知県が富士通などと連携し、施設栽培を対象にクラウド型のデータベース整備に取り組んでいる。

 他方、取り組みやすさの裏で、設備にかかる初期投資や光熱費といった維持費が嵩むのも施設栽培の課題である。これについては、XaaS(X-as-a-Service:インターネットを通じて提供されるサービスの総称)を活用しコストを平準化しながらデータ活用を進めることが有効である。SaaS(Software-as-a-Service)型営農管理アプリの導入もさることながら、RaaS(Robot-as-a-Service)も選択肢に入ってくるだろう。inaho社という国内のベンチャーは、収穫高に応じて自動収穫ロボットの利用料を課金するユニークなビジネスモデルのサービスを展開している。

 

 加えて、露地栽培と施設栽培に共通して、データの提供段階においては現場の状況を踏まえ、かつ分かりやすくデータからの示唆をフィードバックできる人材が必要である。いかに正しいことを言おうとも、現場を分かっていなければ、聞く耳は持たれない。逆もまた然りである。デジタル化が遅れている原因を農家のデータリテラシー不足に求める声をよく聞くが、それ以前に農協の営農指導員の育成や、農機販売店のデータリテラシーを高めるといった活動がまず行われるべきではないだろうか。

 

農業データ活用の考え方も正攻法で

 先述した通り、データ活用を進めるためには農家がデータの価値を確実に見出せるような第一歩目の選択が重要である。そのためには、生産性が低い原因となっている作業もしくは作物を農業経営の中から特定し、費用対効果が望めるデータ活用施策を講じることだ。このように、ビジネス上の課題に対して適切にデジタルを活用していくことは、農業に限らずあらゆる産業においてデータ活用を進めるための正攻法である。DXやデータ活用というバズワードに踊らされることなく、課題解決に直結する打ち手を打たなければ、生産性向上は難しい。

 日本が農業のデータ活用で巻き返しを図り、持続的に成長していくためにも、業界全体を挙げた工夫がこれまで以上に重要である。そのためには、農家が抱える課題に寄り添いながら、データ活用を牽引していくような取り組みが必要なのではないだろうか。

 

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