日本企業のASEANでの成功のカギ

  • 2023年9月
  • シニアコンサルタント 宮下 航

日本企業のASEANでの成功のカギ

  • 2023年9月
  • シニアコンサルタント
    宮下 航

ASEANにおける日本企業の評価の本音と建前

 「高品質」「日本ブランド」は、多くの日本企業が海外、とりわけ東南アジア諸国連合(以下、ASEAN)へサービス展開する際に好んで使用するワードだ。実際に、2022年に行われたASEAN経済界意識調査では、日本企業は「信頼の高さ」や「サービスの質の高さ」など、日本人にとっては馴染みのある項目で高い評価を得ており、長年培ってきた信頼関係や高い技術力は日本企業の強みとなっているように見受けられる。しかし、ASEANビジネスに長く携わってきた筆者の経験からすると、これらの評価は「表向き」の話に過ぎない。筆者が現地の経営者から直接聞いた日本の製品・サービスに対する本音は、「ニーズに合っていない」「ただ価格が高いだけ」など耳を塞ぎたくなるようなものばかりである。

 

 とりわけ若年経営者の視線は厳しい。日本ブランドに囲まれて育った世代は既に40~50代になっており、消費の主力は既にミレニアム世代やZ世代に移行している。また日本だけでなく、他の東アジア各国やASEAN域内の国のブランドや文化に多く触れ、それらに憧れる世代も台頭している。若い世代を中心に、現地のニーズは変化しているが、はたして日本企業はかつてのプレゼンスを保てているのだろうか。

 

 ASEAN事務局によると、対ASEAN貿易額で日本は2009年に中国に抜かれ、2021年には3倍近い差をつけられている。また2003年に3倍だった韓国との差も1.3倍まで縮まっている。また近年では、中国や韓国のみならず、ASEAN域内の企業の相互進出も活発化している。政府との緊密な繋がりによって成長したCPグループ(タイ)やサン・ミゲルグループ(フィリピン)などの財閥企業、域内のニーズを素早く捉えて成長したSea(シンガポール)やGoTo(インドネシア)などのスタートアップが数多く誕生し、その一部は中国や韓国企業と提携して市場を席巻している。これらの状況を見るに、中国や韓国、ASEAN諸国と比して、相対的に日本のプレゼンスは低下している可能性は高いかもしれない。

 

 これらの状況の背景として、日本企業とは対照的に、中国や韓国、ASEAN諸国が、現地のニーズの変化に適切に対応を進めてきたことがある。中国・韓国は、供給力・技術力を向上させ、より安く高品質なものを提供できる体制を強化してきた。加えて、近年ASEAN各国政府が求めている、自国産業の育成や雇用創出への貢献といったニーズにもきちんと対応しているのだ。その代表例が域内最大の経済規模を持つインドネシアである。業界や商材にもよるが、製造業の場合、インドネシア国内に工場を持たなければ販売許可が下りないケースが近年報告されている。特に昨今のサプライチェーン再構築の流れの中、地場企業はもちろん、中国や韓国は影響力拡大を狙って投資を拡大させている。さらに、ASEAN域内の相互進出、例えばベトナム企業のインドネシア進出なども活発である。そのような中、当局は日本企業に対しても高い期待を示しているが、その期待に十分に応えきれない日本企業は思うように進出できてないのが現状である。

 

成功のカギはグローカル戦略

 ここまで見てきたように、日本企業は「信頼の高さ」や「サービスの質の高さ」といった強みを持ちながらも、近年は現地のニーズの変化にうまく対応しきれず、ASEAN市場において、他のアジア諸国の後塵を拝してしまっている。

 

 この現状を打破するために、日本企業には何が求められるのだろうか。筆者からは「グローカル」という考えを提唱したい。グローカル(Glocal)は、グローバル(Global)とローカル(Local)という2つの言葉を組み合わせた造語であり、世界的に事業展開するグローバル企業と、特定の地域で商品・サービスを提供するローカル企業の両方の要素を取り入れるアプローチである。

 

 明治大学の奥山雅之教授によると、「グローカル」成功のヒントは「異質性」と「同質性」の調整であるという。ここでいう「異質性」とは、進出先マーケットにおける企業の「差別化戦略」を指し、異質性が高いと「珍しい」、逆に低いと「特徴なし」と認知される。一方の「同質性」は、企業が提供する製品・サービスの「マーケット受容度」、つまり、どれだけ顧客から「共感」を得られるかを図る要素であり、「同質性」が高ければ「受け入れやすい」、低いと「共感しない」と認知される。

 

 一見すると「異質性」と「同質性」は相反するように見えるが、両立させることが可能だ。アニメ「巨人の星」がインドでリメイクされた際、努力と根性のストーリー(異質性)を維持しながら、設定を野球からインドでメジャーなクリケット(同質性)に変えることで大ヒットとにつながったことが分かりやすい事例である。

 「異質性」と「同質性」のマネジメントのためには、企業が自らの強み(=異質性の特定)を改めて問い直した上で、ターゲットとなる海外マーケットをよく理解し、そのニーズに合わせる(同質性への対応)ことが大切だ。これは統計などのマクロレベルではなく、人々の行動やそこに隠れた感情、本音などのミクロレベルで捉えることが必要である。

 

 日本を代表する消費財メーカーの1つであるユニチャームは、この2つの要素を上手くマネジメントすることで、タイ、インドネシア、ベトナムにて圧倒的な支持を獲得している。 品質の高い不織布製品が自社の強み(異質性)であると再認識しつつ、紙おむつや生理用品などを軸に、国ごとに異なるライフスタイルや文化・慣習・ユーザー嗜好といった要素を徹底的にリサーチして理解することで、現地の人々のニーズ(同質性)への対応を行っている。例えば、マレーシアでは、デング熱対策のため天然由来の忌避剤を塗布した子供向けのおむつを販売しているほか、インドネシアでは、基本的機能のみを備えた商品にすることで低所得者層であっても手の届く価格設計にするなどして、自社の強みを生かしつつ現地の人々のニーズに対応している。その結果、紙おむつ「ムーニー」「マミーポコ」や「ソフィー」ブランドで知られる生理用品は、現地の人々に愛されて大成功を収めている。

 

終わりに

 少子高齢化や人口減少を背景に、縮小が予想される日本国内の市場とは対照的に、ASEAN市場は今後もさらなる成長が見込まれ、多くの日本企業が引き続き進出を目指していくと考えられる。しかし、日本ブランドだけで上手くいく時代は終わり、現地の人々のニーズも時代とともに変化していることは、きちんと理解しなくてはならない。その上で、成功のカギを握るのは、グローバル企業でもローカル企業でもない「グローカル企業」への転換ではないだろうか。多くの日本企業が、グローカル企業として、ASEAN市場で成功を収めることができると筆者は信じている。 

 

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