勃興するリテールメディア。日本における現況と成功に向けて必要な取り組み

  • 2023年9月
  • シニアコンサルタント 西坂 惇之

勃興するリテールメディア。日本における現況と成功に向けて必要な取り組み

  • 2023年9月
  • シニアコンサルタント
    西坂 惇之

検索・ソーシャルメディアに次ぐ第3のデジタルメディア「リテールメディア」

 昨今「リテールメディア」が日本で注目されている。リテールメディアとは、小売企業が提供する広告媒体のことだ。ECサイト上のPR広告や、ファミリーマートのレジ上に設置されている3面ディスプレイのこと、といえばイメージしやすいだろう。既に米国の大手小売企業では、リテールメディア展開による広告事業が大きな収益源となっており、検索・ソーシャルメディアに次ぐ第3のデジタルメディアと称されるほどの成功を収めている。リターゲティング広告の制限に繋がる「サードパーティCookie規制」を背景に、消費者の購買情報を大量に保有する小売企業に広告媒体としての注目が集まった形だ。

 

 一般的にリテールメディアとは、小売企業が提供する広告媒体をあまねく指すものの、購買情報をもとにした消費者ごとの広告の出し分けができてこそ真価を発揮するといえる。例えば、AIカメラ等を活用し、店舗内のデジタルサイネージを「Aさん通過時にはAさん用の広告を掲載し、Bさん通過時にはBさん用の広告を掲載する」といった形で運用できれば、広告枠を無駄遣いすることなく、常に効果的な広告掲載が可能になる。

 

 では、リテールメディアの利点とは何か。広告主が購買の場で広告を掲載する利点は、「まさに何かを買おうとしている購買意欲が高い消費者」に商品価値を訴求することで購買に繋げやすいという点だ。媒体を提供する小売企業の視点でも、既存アセット(店舗やECサイト)を活用して新たな収益源を獲得できるほか、広告の効果で商品の売れ行きが良くなれば本業の収益も拡大するという点で利点が大きい。もちろん消費者にとっても、興味関心に合う商品とのマッチング機会が増える点で利点があるといえる。

 

 このように、広告主・小売企業・消費者それぞれに利点のあるリテールメディアは、米国での成功を背景に、日本でも徐々に注目が高まっている。

 

日本におけるリテールメディアの現状

 では、日本のリテールメディア市場も米国のように拡大していくのだろうか。日本でも普及していくと考えられるものの、小売企業が「ただ広告媒体を提供するだけ」では市場が急拡大するまでには至らないであろう。リテールメディアが普及するには、広告主にとって魅力的な広告媒体でなければならない。そのためには、「質的価値・量的価値の両方を兼ね備えている」と広く認識される必要がある。すなわち「購買に繋がりやすい効果的な広告媒体であると実証されること」と「より大勢にリーチできるように掲載枠を多く有していること」が必要だ。しかしこの2つを達成するためには日本特有の障壁がそれぞれに存在しており、その障壁を乗り越えるための取り組みが必要だ。

 

 まず、「質的な価値」においては、日本の小売業は米国と比較してオンライン化が進んでおらず、収集できる顧客データの幅が限定的である。そのため、十分なデータが集められず分析精度が低くなる恐れがあり、効果的な広告媒体としての「質的な価値」を訴求しづらい。例えば、EC売上割合で比較すると、米国Walmartでは12%程度であるのに対し、日本小売大手のイオンやセブン&アイHDでは1%程度に過ぎず、大きな違いが生じている状況である。

 

 また、スーパーマーケットの他にコンビニやドラッグストアが点在しているように、日本では小売の業態が多様化している。

すなわち、1小売企業がカバーしている顧客範囲が限定的であることから、「量的な価値」を訴求することにも難しさがある。

 

 このように日本特有の小売文化がリテールメディア市場拡大における障壁となるため、小売業各社は工夫を凝らすことでその障壁を乗り越えることが求められる。

 

成功へのカギ:まずは質的価値を優先して訴求すべし

 今後日本の小売企業がリテールメディアで成功するためには、まずは質的価値を優先して広告主に訴求すべきであろう。効果的な広告媒体であると実証されない限り、いくら広告枠を増やしても使ってはもらえない。

 

 質的価値訴求にあたっては、いかに多様な種類の顧客データを収集・分析できるかがカギとなってくる。すなわち、高度なCDP基盤(顧客データ活用プラットフォーム)の構築が前提となる。また、データ種類の多様性という意味では、小売業以外の事業にも取り組んでいる企業は優位に立ちやすい。小売事業と他事業の顧客情報を組み合わせることで、より多角的なデータ分析が可能になるからだ。

 

 もちろん小売業専門であっても、様々な業界の企業と提携し、顧客データを組み合わせて分析することで、一気に存在感を増すことが可能だ。例えば、決済手段を提供している企業やポイント経済圏を構築している企業は、他社ECやオフライン(実店舗)での顧客の購買行動に関連するデータを有する。そういった企業と提携し、オフライン/オンラインの購買情報を組み合わせる仕組み(オンラインでの購買情報をもとにした、オフラインでの広告掲載等)を構築できれば、より効果的な広告掲載が可能になると考えられる。

 

 いずれにせよ、顧客データを組み合わせる動きは加速していくに違いない。現にファミリーマートは、ドコモ経済圏を持つNTTドコモとデータを統合して分析する動きを見せているほか、ドン・キホーテを運営するPPIHとも協業して収集データの幅を広げる等、データ収集・活用に積極的だ。

 

質的価値訴求後に取り組むべきこと:量的価値の訴求

 量的価値訴求の取り組みは「質的価値が認められた状態でないと真価を発揮しないため、取り組む優先度が低くなる」という前提のもと、量的価値の訴求方法についても言及しておきたい。

 

 方法としては、既にリテールメディアの質的価値が証明されつつあり、量的価値の訴求を加速させようとしている米国での事例がわかりやすい。米国小売企業は他社との提携等により、本業以外の媒体の種類を増やすことで量的価値を訴求している。元々AmazonはPrimeビデオ等の多様な媒体を有しているし、WalmartもTikTokやSnapchatといった集客力が高い媒体を持つ他社との提携を開始し、掲載可能な広告枠を拡大することに取り組んでいる。

 

 もちろん、単純に小売業でカバーする顧客の範囲を広げることが理想的ではあるが、顧客範囲を広げることは当然容易ではなく、たとえ実現できたとしても膨大の時間を要する可能性が高い。そのため、米国事例のように、他社との提携等により媒体の種類を増やす取り組みがより現実的だと考えられる。

 

リテールメディアの波を逃さないために

 ここまで、リテールメディア普及にあたっての日本の障壁と、その障壁を乗り越えるために必要な取り組みを解説してきた。各種取り組みを進めていくうえでは多額の投資が必要となり得る。一方で、小売大手や広告代理店にリテールメディア専門部隊設立の動きが伺える等、日本でもリテールメディアへの注目が加速しているのもまた事実である。この波に乗り遅れないよう(そして先陣を切るべく)、各小売企業は自社のケイパビリティにあわせて取り組みの優先度を見極め、投資を進めていく必要があるだろう。

論考・レポートに関するお問い合わせ