規制産業で勝ち残るための戦略 ~国との渉外のすすめ~

  • 2023年9月
  • マネージャー 本越 祐太

規制産業で勝ち残るための戦略 ~国との渉外のすすめ~

  • 2023年9月
  • マネージャー
    本越 祐太

国との渉外の重要性とその進め方

 

 我が国では、公共の福祉や公正競争を保つ観点から、民間企業の活動には一定の制限が設けられている。また、特定の業種では、ビジネスの各フェーズにおいて主務官庁への認可申請や届出が求められる。そのため、新たなビジネス展開が困難になることも珍しくない。

 他方、国は補助金や助成金等の形で企業や産業の支援を実施しており、その支援を受けることがビジネスを前に進める上で重要な要素となる。

 

 このことは、事業の規模やライフサイクルによっても変わらない。導入期にあるビジネスであれば、市場認知に向けて国の支援を受けられるかが、その後を大きく左右する。仮にビジネスが成熟している場合でも、事業の多角化が企業戦略の一つに位置づけられる現代においては、規制産業に新たに挑戦する可能性はいつでもある。つまり、新しいビジネスを展開していくためにも、既存のビジネスを滞りなく行っていくためにも、行政機関をはじめとする数多くのステークホルダーとの折衝や働きかけ、いわゆる“渉外”は避けられない。

 

 そして、渉外はただ行えばよいのではない。相対する行政機関の担当者や国会議員は前提となる知識量やバックボーンが異なる上、一企業に割ける時間も限られている。その中で効率的に自社のビジネスを説明し理解いただくには、様々な工夫が求められる。定型フォーマットに則った一方通行のコミュニケーションだけでは、理解いただけないどころか誤解を招きかねない。加えて、速やかに渉外活動を行わないとビジネス自体が頓挫する可能性もあることを踏まえれば、渉外の重要性は極めて高いと言える。

 

 では、どのような形で国との渉外を進めるべきか。まず大事なことは、自社ビジネスがいかに公益に資するかを理解してもらうことだ。

 

 社会問題や国策への貢献を分かりやすく示す。漠然とした関連付けは「こじつけ」と受け取られる可能性があり、逆効果となる。そのため、ロジカルなストーリー作りとその根拠となる情報収集が欠かせない。自社のビジネスが、公益にどう結びつくのか、補助金や助成金の目的とどう関わるのか、具体的に訴えかける。

 時には、課題がまだ顕在化していない場合もある。その場合は、アンケート等で世論を収集し、データとして可視化することが有用である。海外の事例調査や専門家の見解も効果的だ。さらに、関連団体にも働きかけて協力を仰ぐことも良い戦略となる。

 

 加えて留意したいのが、自社のサービスを実現するために主張するロジックや考えの一貫性である。その時々の担当者やサービスを主管する組織によって大きくばらつくことなく、企業として一貫したスタンスを示すことが重要であり、それを保つのもまた渉外担当の役目である。

 

 渉外活動をうまく進めるには、以上のポイントを意識しつつ、社内外の多くのステークホルダーを巻き込んでいく必要がある。申請書作成から様々な外部団体や機関との調整に至るまで、多岐にわたる活動が求められる。

 

人材・組織の重要性とその整え方

 

 ここまで述べたとおり、渉外活動の重要性を踏まえると、最大限効果的かつタイムリーに行われる必要があり、そのために欠かせない要素がある。それが、「人材」と「組織」である。

 

 では、必要な人材や組織をどのように整えるべきか。筆者は以下のように考えている。

 

①中長期的な目線での担当者の確保・育成

 

 渉外担当者は、業界や自社サービスにおける深い知識をもとに、企業を代表して一貫したスタンスでビジネスビジョンを語る必要がある。そのため、日常的にステークホルダーと良好な関係を築き、情報を収集する能力が非常に重要になる。

 また、社内外の関係者と円滑に進める調整力、さらには要望を端的に伝えるためのドキュメンテーションやプレゼンテーションスキルといった実務能力も求められる。

 このような多面的なスキルを持つ人材は、長期間の関連業務経験を積んだ「十年選手」として育てていくケースも多い。中長期的な視点で人材を育成しつつ、根気よく採用を続けることが肝要だろう。

 

 

②最大効果を得るための専門組織の設立

 

 渉外は、一部の担当者だけで行うよりも、経営層を含む各レイヤーが連携して戦略的に行う方が効果的である。行政機関においても、基本的には民間企業における組織構成と大きくは変わらない。ハードネゴシエーションが必要なケースでは、担当者の日頃の情報収集に基づく効果的な交渉によって先方組織やキーパーソンの課題意識を引き出し、判断に必要な材料を揃えながら時期を見計らった上で、さらに上位レイヤーによるアプロ―チを重ねていくといった戦略が考えられる。

 

「人材」と「組織」の整備に向けて

 

 負担や既存業務への影響を最小限にしつつ人材の確保・育成や組織化を実現する観点からは、例えば、経験者の採用以外にも、行政機関の出身者を顧問として採用することや業務の一部をノウハウのある外部にアウトソーシングし、自社人材にノウハウを移していくことも有効である。吸収したノウハウを自社のスタンスに合わせてナレッジ化し、人が入れ替わる中でも永続的に機能する組織の土台を作っていく。

 

 自社のビジネス特性に合わせて業務を細分化し、徐々に組織を拡大しつつ自社人材の割合を増やしていくのがよいだろう(多様性のある人材構成は渉外においてもプラスに働くためバランスを保ちつつアウトソーシングを一定程度残すことも勿論問題ない)。組織拡大に際しては、上述したような渉外担当に必要な要素を明確にし、親和性のある人材を確保していくことも忘れてはいけない。

 

 いずれにせよ、短期目線かつ属人的な対応では戦略にも限界があることに加え、専任人材や組織を持つことのメリット(または持たないデメリット)にも気づきにくい。一朝一夕にはいかないからこそ、将来を見据えて自社組織を振り返っていただいてはどうか。

 

終わりに

 

 日本では、民間企業による行政機関への働きかけが「癒着」と結び付けられ、マイナスイメージとして捉えられがちである。米国と同様に渉外活動を透明化するべきだという意見も一定数存在する。

 

 しかし、企業が国に働きかける目的は、そのビジネスが公益に貢献する価値を理解してもらうことにある。渉外活動は、日頃から関係性を構築し、それぞれの立場にある背景や考えを共有するプロセスである。一見すると利害が一致しないと思われる双方の目線を合わせていく過程に他ならない。プロセスの透明化に反対するものではないが、その有無によって渉外の本質は変わらない。

 

 民間企業がより効果的に国と交渉していくことができれば、官民が手を取り合い、日本のあらゆるビジネスがさらなる成長を遂げられると筆者は信じている。

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