ビジネスが変われば、指標もデータも変わる

  • 2022年3月
  • ベイカレント・インスティテュート所属 小峰 弘雅

ビジネスが変われば、指標もデータも変わる

  • 2022年3月
  • ベイカレント・インスティテュート所属
    小峰 弘雅

目的は「X=変革」でありDはその手段。だからこそ「dX」

 人々の生活においてもビジネスにおいても、デジタル化が急激に加速しているが、だからといって日本企業の重要課題であるデジタルトランスフォーメーション(DX)の取り組みが加速しているわけではない。

 これは、わが国でDXという言葉が、重大なミスリードを招いているからだと私は考えている。「DX とは便利なデジタルツールを導入してアナログな作業を減らす」ことだと捉え、多くの企業が目的をはき違えてしまっているのだ。

 本来の DXとは、企業が競合勢力に対抗する上でデジタルを活用して、自社のケイパビリティのポテンシャルを最大限に引き出し、市場やその領域における持続的な競争優位を築くことを指している。

 勘違いを招かないためにも「dX」と、主従を明確にして表記するのが望ましい。

 なぜ「d」を小文字にするかというと、デジタルはあくまで変革を起こすための手段やきっかけに過ぎず、主役は企業自身の「X」を実現することを意味しているからだ。もちろんこのXはトランスフォーメーション(変革)だが、そもそも何を変革するべきなのだろうか。改めて考えてみよう。

「D」が主役となっては肝心の「変革」を見失う

 「当社では DX に取り組んでいます」という企業の話を聞くと、最新のデジタル導入事例を調べてはそれに倣い、業務改革や効率化をうたうソリューションや Web サービス導入を検討している例が少なくない。だが、これは「D」が主役という思い込みから来る大きな誤りだ。

 ある企業(A社)の失敗例を見てみよう。

 A社ではコロナ禍の影響もあって、この1~2年で法人営業の体制が一変した。これまではいわゆる「足で稼ぐ」営業スタイルだったのが、ZoomやMicrosoft Teamsなどのリモート会議ツールを使ったオンライン訪問が主体になったのだ。

 営業日報はこれまで、事務所に戻ってパソコンで入力し、紙で出力する必要があったのだが、新たに導入したセールスフォースによって、スマホアプリでどこでも簡単に入力することができるようになった。

 これらの取り組みによって、営業成約率や訪問成果の大幅な向上が期待されたのだが、結果としては訪問回数も成約の確率も従来とまったく変わらぬものだった。

 せっかく便利なデジタルツールを導入したのに、「自社がどこを目指すのか」という目標が空白のままであり、これまでの業務をデジタルに置き換えたにすぎなかったのだ。残念ながら、DX をデジタルツールの導入だと勘違いしていると、このような結果を招いてしまう。

「X」に不可欠なKPIを見極め、追求することが成功の鍵

 では、「X」が主役の「dX活動」にするためには、一体何を変革すべきなのか。まず必要なのが、「自社が目指すビジネスモデルの理解」だ。その上で、「ビジネスモデルのドライバーを見定め、それをデジタルツールで加速する」ことが重要なポイントになる。

 「そもそもドライバーとは何?」と思うかもしれない。実は、ビジネスモデルのドライバーとはKPI(重要業績評価指標)を指す。KPIとは、KGI(重要目標達成指標)に到達するために、最も重要なプロセスを数値で表したものだ。

 「KPI なら当社だって設定しており、いろいろな指標を日々確認している」と言われるかもしれない。だが、そこに問題が潜んでいる可能性があるのだ。「X」である変革を目指すのならば、変革に必要となる指標を見極めなければならない。「いろいろな指標」ではなく、「変革に不可欠な指標」に絞って追い続けていくのだ。

 模範例となる企業(B社)の例を挙げよう。

 物品販売を手がけるB社では、最近サブスクリプションモデルに移行した。同時にセールスフォースも導入し、営業活動の効率化を図ることになった。ここでB 社はKGIを自社のビジネスモデルにフィットするものに変更し、それに従ってKPIも再検討することにした。訪問数や提案数がKPIだったこれまでとは異なり、サブスクリプションモデルでは契約獲得後に、いかに顧客が製品やサービスを使ってアクティブな状態を保ってくれるかが問われるようになるからだ。

 そしてサブスクリプションモデルに合わせたKPIに見直すなかで、業務プロセスそのものも大きく変化していった。これまでは営業先をリストアップしたら、とにかくアポイントメントを取るのが重要だった。アポさえ取れれば、あとは客先まで足を運び、成約というクロージングに持ち込むことができれば業績につながっていた。

 ところがサブスクリプションモデルに変わることで、成約後のフォローに重点が移ったのだ。快適で心地よい顧客体験を提供し、より多くより長く使ってもらうために、顧客の声を細かく拾って製品やサービスの改善に生かすことがビジネスモデルを成長させるドライバーとなったのだ。つまり、「いかに売るか」から「いかに続けてもらうか」に変わり、それまで営業部門とは関わりのなかったカスタマーサポート部門が、業績を左右する存在になることを思い知ったのだ。

 「これからはデジタルだ」と意気込んでセールスフォースを導入したとしても、「自社がどこを目指すのか」という目標を明確にせず、従来の訪問数、提案数、成約率などのKPIを追いかけるままであっては、変革には程遠い成果しか見込めず、高価なデジタルツールは「宝の持ち腐れ」にすぎない結果となっていただろう。

ビジネスドライバーに合わせた新たなデータ統合が「dX」を加速する

 B社を成功に導いたもう一つのポイントとして、データ活用もあげられる。

 営業体制や業務プロセスを大幅に変革した結果、評価の仕組み自体を刷新する必要性に気付いたB社だが、課題となったのは営業部門とカスタマーサポート部門双方の「データ統合」であった。

 新しく始めたサブスクリプションモデルでは、「成約したら完了」ではなく、その後の「継続的な顧客フォロー」が重要になってくる。となれば追うべきKPIが変わり、データの管理・活用のあり方から見直す必要が出てくる。そこでB社は、営業活動とカスタマーサポート双方の情報を統合したデータウエアハウス(DWH)を構築し、全社員がダッシュボード経由でDWH にアクセスすることで、一気通貫の営業成績の評価を可能にした。「ビジネスモデルの変革」に向けて、「ドライバーとなるKPI」を見直し、KPIを管理するための仕組みを「デジタルで実現」した。まさに冒頭で触れた「dX」の好例といえよう。

 現在、日本は「DXブーム」とでも呼ぶべき状況にあるが、「ビジネスモデル起点」の原則さえ忘れなければ、DXは一過性の流行ではなく、変革を実現し続ける文化が醸成されるはずだ。「Dx」ではなく、「dX」の取り組みが増えていくにしたがって、日本を大きく変えるうねりが生じていくはずだ。

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