日本の大企業が目指すべき“真のD2C”

  • 2022年9月
  • シニアコンサルタント 遠藤 理沙

日本の大企業が目指すべき“真のD2C”

  • 2022年9月
  • シニアコンサルタント
    遠藤 理沙

なぜD2Cが注目されているのか

 D2Cという概念は2010年頃に米国で誕生したと言われているが、ここ数年は日本での注目も高まっている。D2Cは「Direct to Consumer」の略で、事業の主体である企業がダイレクトに消費者へ働きかけることを意味する。消費者と直接コミュニケーションを取ることで、より深い関係を構築することができ、消費者に納得してもらったうえで商品を購入してもらえるようになる。

 そのためにはAmazon、楽天、PayPayモールといったモール型ECサイトに出品するだけでなく、自社ECサイトを構築することも不可欠となる。D2Cは自社サイトを介してモノを売るというビジネスモデルであり、基本的にはモノ売りのサービス形態である。しかし現在のデジタル時代において、「モノからコト」へと消費者の購買行動が変わっていくなかで、なぜモノ売りに当たるD2Cがこれほどまでに注目されているのだろうか。

 一言でいうと、それはD2Cが「単なるモノ売りではない」ということが理由となる。従来のモノ売りビジネスでは、小売店等の中間業者が顧客へ商品を販売することが多く、販売以降のCX(顧客体験)について考える機会が少なかった。顧客の生の声を聞く機会が少ないため、顧客との繋がりが薄かったともいえる。しかしD2Cモデルはそんな従来のビジネスとは一線を画し、顧客との繋がりを再構築することができるものなのだ。

 すなわちD2Cは、「モノ」としての商品だけではなく、CX(顧客体験)もセットで提供しているということになる。そのため、商品の強み(機能性やデザイン性など)をフックとするだけでなく、コミュニケーションを介した体験も合わせて顧客として迎え入れるわけである。そして、商品購入後も長い期間にわたってコミュニケーションを取っていく。例えば、つくり手の温かみを感じられるようなコミュニケーションに価値を感じることがあれば、ブランドのファンとなり、継続的な関係を維持してくれるようになるものだ。

世界で最もイノベーティブな企業と評されたワービーパーカー

 D2Cは商品だけではなくCXもセットで提供していると前述したが、具体的にはどのような体験を提供しているのであろうか。ここではD2Cの代表的な事例として名高い米国のメガネブランドであるワービーパーカー(WarbyParker)を例に取り、考察してみる。まずはワービーパーカーの特徴的なビジネスモデルについて概観してみると、以下のような取り組みがあげられる。

 ・オンラインで気軽に試着から購入まで完結できる

 「ホームトライ・オン(Home try on)」というユニークな試着サービスを提供しており、自宅で試着ができるよう5本まで商品を無料で配送している。自宅でメガネを試着した後は、買いたいと思う商品を選び、処方箋をアップロードして注文するという仕組みだ。

 ちなみにこのサービスは買わずに無料で返品することもできる(これに伴うワービーパーカーの負担は約15ドル)

 ・顧客を巻き込んだSNSコミュニティ

 顧客が試着した姿を撮影し、Instagramに#warbyhometryonのハッシュタグを添えて投稿をすると、ワービーパーカーのスタッフが顧客に似合うメガネを評価してくれる。実際にInstagramでハッシュタグを検索してみると、2万4千件以上の口コミがあり、SNS上で密にファンとコミュニケーションをとっていることがうかがえる。

 ・『BUY A PAIR, GIVE A PAIR』による社会貢献

 商品を1つ買うと慈善団体を通じて発展途上国に寄付が行われ、メガネを手にしたくてもできない人のために寄付金が活用される(メガネが1本売れるごとに、メガネを必要とする人に1本寄付する)という仕組みだ。ワービーパーカーでメガネを買うことは社会貢献につながるため、エシカル消費に関心の高い現代の顧客(特にZ世代の若者層)の価値観にマッチしている。メガネを買うかどうか迷った時、心理的に『BUY A PAIR, GIVE A PAIR』が最後の一押しになっているケースは少なくないだろう。ワービーパーカーのCEOによると、寄付したメガネの数は2022年の4月時点で1,000万本を突破したという。

 上記3つの取り組みを見ると、 D2Cで成功しているワービーパーカーが、いかに顧客の心に刺さるコミュニケーションを行っているかがわかる。顧客の心を引きつけて離さない魅力あるブランドは、こうして確立されているのだ。

顧客の心を引きつけて離さない魅力あるブランドとなるために

 このように、成功している様々なD2C企業を調べるほど、顧客を引きつけて離さない魅力あるブランドを確立していることに気付く。では、その魅力は一体どのように形づくられているのだろうか。

 ベイカレントでは、D2Cブランドが魅力を引き出すためのポイントは3つあると考えている(詳細については本記事では割愛しているが、書籍『感動CX』で解説しているため、そちらを参照いただきたい)。

①自前メディア:自前のECを構築し、自社に顧客データを蓄積していく

②共創感:顧客と密にコミュニケーションを取り、フィードバックループを素早く回す

③ストーリー性:人に語りたくなるようなエピソードを創出する

 そしてこれら3つのポイントは、デジタル時代の新たな消費者行動モデルであるAISARE(2008年にGoogleによって提唱された消費者行動モデル)に当てはめて考えてみると、顧客から魅力を感じてもらうための仕掛けが、それぞれのプロセスに組み込まれていることがわかる。具体的には、図のように後半3つのプロセスに該当している。

 では次に、上述したワービーパーカーの事例をもとに、3つのポイントがどのように満たされているのかを見てみよう。

①自前メディア

 ワービーパーカーは自社ECを構築するだけでなく、独自のPOSシステムもいち早く開発している。自社ECを構築したことにより、サイトから商品購入履歴や顧客の住んでいる場所を把握することができ、そのデータを活用して店舗を展開する場所や新店舗の業績予測等を行っている。リアル店舗で取引のある顧客の75%はオンラインが最初の接点であったそうだ。自社メディアを構築し、チャネル間でスムーズにデータを移せるシステムがあることで、より良い顧客体験の設計が可能になっている。

②共創感

 SNSを活用した積極的なコミュニケーションを取っている。SNSのハッシュタグの他にもIGTV(動画制作者が長尺動画を配信できるインスタグラムの新機能)にて、主にファン向けのコンテンツとして定期的に社員が商品の開発ストーリーを語ったり、製品のファンにインタビューした動画を配信したりしている。こうしたSNS でのブランドと顧客のインタラクションによって、ブランド価値を共創しているということだ。

➂ストーリー性

 ワービーパーカーにはブランド理念を象徴するストーリーがある。それは創業者の1人がかつてバックパッカーとして旅行していた時に、メガネを失くしたエピソードである。代わりのメガネを買いに行ったのだが、価格があまりにも高くて買えず、しばらくの間メガネなしで授業を受けていたというのである。この体験をきっかけに、「誰もが財布の中身を心配せずにワクワクしながらメガネを選べるようにしたい」という想いからブランドが誕生した。このようにワービーパーカーは、顧客に共感してもらえるストーリーテリングを磨いているのである。

 これら3つのポイントはいずれも、自社ならではの取り組みにすることが重要であり、多くの場面で社員が率先して顧客とコミュニケーションを取ることになる。つまりD2Cにおいては〝自前感〟が重要なのだ。D2Cに取り組む際は、これらのポイントをおさえたうえで、顧客にとって魅力的なサービスを築き上げていきたい。

日本の大企業は“真のD2C”を目指すべき

 D2Cスタートアップは基本、オンラインを主戦場としてビジネス展開するものであるが、最近ではポップアップストアのようにリアル店舗でも顧客とのコミュニケーションを図るようになっている。オンラインとオフライン双方で顧客と接点を持てるような動きが見られるのだ。

 なぜこのような動きがあるのかというと、「オンラインだけでは人の温かみを感じられない」、「リアルだと発生し得るようなドラマティックなエピソードが生まれにくい」といった、顧客に飽きられてしまうリスクがあるからだろう。

 実際にワービーパーカーは、オンラインのみの販売から3年後に最初の実店舗をオープンしている。実店舗をオープンするに至った経緯としては、いくつかの理由があげられる。ホームトライ・オンは5本までしか試着できないということから、より幅広いサンプルからメガネを検討したいという顧客に応えること、処方箋が複雑な顧客は対面でメガネを買いたがると傾向にあること等である。顧客の声に耳を傾け、顧客起点でビジネスモデルを検討した結果、オンラインとオフライン(リアル)の双方で顧客接点を強化することが重要なのである。

 ただ、リアルに進出するのは多くのコストを要するし、リアル店舗を成功させることは容易ではない。ましてやワービーパーカーのように立派な店舗を構えることは、創業間もないスタートアップでは現実的には難しいであろう。

 そうであるならば、これまでリアル店舗で成功をおさめてきた日本企業にとってはチャンスである。日本企業にはこれまでのリアル店舗で培ってきた自社ならではのアセット(強み)があるため、そのアセットを活かしつつD2Cに取り組むことができれば、〝自前感〟を大いに発揮できるはずだ。本記事で取り上げた3つのポイントを兼ね備える取り組みとなれば、スタートアップには真似できないような“真のD2C”を実現できるであろう。

 デジタル時代のモノ売りに欠かせないキーワードとなったD2Cであるが、オンラインとオフラインを融合することによって、日本の大企業にしかできない“真のD2C”を目指せるようになるのである。

論考・レポートに関するお問い合わせ